インタビュー

2025年3月号掲載

SNSから距離を置いて

小袋成彬『消息』

小袋成彬

対象書籍名:『消息』
対象著者:小袋成彬
対象書籍ISBN:978-4-10-356031-9

 エッセイを書き始めたきっかけは、2019年にロンドンへ移住して一、二ヶ月後、Quick Japanの小林さんに連載しませんか、とお声がけいただいたことですかね。でも前々から新潮社の鶴我さんに原稿依頼を受けていて、前の年にリリースしたファーストアルバム「分離派の夏」で「何か書けるんじゃないか」と思ってくれたみたいです。雑誌連載が二ヶ月に一回のペースで始まり、最初はウキウキで浮き足立ってましたね。初回のタイトルが「自己紹介」、二回目は「ロンドン」ですから。目にするものすべてがキラキラと輝いていた。「消息」の連載タイトルと書名は夏目漱石の「倫敦消息」にあやかり、自分の暮らしや活動、その時々で感じたこと、考えたことを綴りました。
 しかし連載が始まった翌年の2020年早々、コロナに襲われ、ほっぺたを引っ叩かれた感じでした。誰もがそうだったように、自分と社会について自分も考えた。それまでは「くだらねえ社会とはなるべく関わりたくない」と離れようとしてきたけど、そういうわけにいかなくなった。この年の4月、二十九歳になり、「新時代」というエッセイを書きました。これから自分はどう生きるかというステートメントのつもりで、noteにもあげたら、「いいね!」が二〇〇〇ついて、noteで最も読まれたものとして賞状をもらった。「現実はいつだって厳しく、絶望を感じることばかりだった、でもパンデミックの最中、変化の兆しが見え始め、希望を感じている。われわれは世界を本当に変える唯一無二の武器を持っている」といった内容で、自分のメッセージが伝わった感触と歓びがあり、発信することに意味があると感じました。
 2021年頃からイギリスはアフターコロナになり、帰国すると隔離期間だ、入国アプリだと警戒感が強く、日本は遅れてるなと実感した。それでも「イギリスはサイコー、日本? ダサい」とは思わなかった。この本で神社やお詣りの面白さに目覚め、地元のさいたまがロンドンと共通項の多いことに気づき、さいたま改造計画など、日本の良さもたくさん書いています。ロンドンに移り住んだ理由はいろいろありますが、いちばん大きかったのは宇多田(ヒカル)さんにレコーディングで連れて行ってもらったことですね。世界最高のスタジオ・ミュージシャンとエンジニアがいて、レコーディングが終わったあと、ここでやっていけると思った。ピスト・バイクを持って行き、ロンドンの街中をまわりながら、世界へ出ていこうと決心した。一方でまだコロナがくすぶる2022年、規制の厳しかったジャパンツアーでは敢えてイギリスからDJを呼び寄せ、日本社会に風穴を開けようとした。今後も海外と日本を往き来し、音楽や言葉を通して閉じた社会をこじあけていくのが俺の役割かなと思っています。
 単行本化にあたってエッセイはシャッフルしないで、年ごとにまとめ、その年に起こった出来事の「年表」をつけました。読者に2024年までの間、「あんなことがあった」、「このニュースに怒った」等々思い出して欲しく、また連載になかった手書きのメモやイラストをふんだんに入れたのは、本に「手触り感」を出したかったから。4thアルバム「Zatto」を同時リリースしましたが、音楽でしか表現できないもの、言葉でしか伝えられないものがあるとわかってもらいたくて、「同時」にしました。
「エッセイを書くこと」は、「自分との対話であり、癒しであり、SNSから距離を置くことができる」と記したら、「とても素晴らしいことだと思う。特にSNSから距離を置く、というところが」と、ある読者から褒められた。別にSNSを否定しているわけではないんです。現に自分もやってるし、お世話になっている。でも、瞬時に発信される短い言葉やその連打で、ひとの人生が狂ってしまうのは、おかしい。社会がヘンな方向へ突き進むのも考え直した方がいい。二ヶ月に一度の頻度、二〇〇〇という文字数が自分には何かを言語化していくのにふさわしく、死ぬまで続けていきたい。このようにして綴ったエッセイの何気ないひと言が読者のこころに響いて、灯りをともせたら、うれしいです。(談)

(おぶくろ・なりあき 音楽家)

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