対談・鼎談
2025年3月号掲載
橋本 直『細かいところが気になりすぎて』初著作、大ヒット記念
漫才ほど楽しいものはない
橋本 直 × 石田 明
ともにM-1グランプリのチャンピオンで、昨年同時期に著作を刊行した石田さんと橋本さん。メディアで対談するのは久々で、細かいところが気になりすぎるそのトークは縦横無尽に広がり……まさに型破り!
対象書籍名:『細かいところが気になりすぎて』
対象著者:橋本 直
対象書籍ISBN:978-4-10-355851-4

橋本 こないだのM-1のこと、めっちゃ話したかったです。
石田 さっき控室でもいきなり話し出したもんな。「石田さん、あそこどう思いました?」って(笑)。
橋本 2023年のM-1では番組関連で石田さんとご一緒していたので、すぐ喋れたんですが、去年は石田さんが審査員をやられたのでその機会がなかったですし、しばらくお会いできてなかったこともあって、今日を楽しみにしていました。
石田 橋本の新刊のタイトルじゃないけど、僕も「細かいところが気になる」タイプやから、橋本と喋ってるとおもろくて。
橋本 早速本に触れてくださってありがとうございます(笑)。M-1の直後なんか特にそうですが、漫才に対して自分の意見や持論を持たれるお笑いのファンの方がここ数年でぐっと増えたなかで、石田さんの本『答え合わせ』はそんなファンの方々が言語化しきれないラストの部分をしっかり言葉にされていて。
石田 お笑いの教科書みたいなもんやって自分では思ってるかな。
橋本 一般の方からしたら「お笑いへのパスポート」をもらったみたいなもんじゃないかと。芸人や漫才についてかなり深いところまで書かれているから、僕としては「これ石田さんと飲みに行って3軒目でべろべろになった時に聞けた話やのに~」って(笑)。えげつないくらいお得な一冊ですよ。
石田 確かに読み直して自分でも「あ、俺酔うてるな」って思った箇所はあるわ(笑)。でも正直なところを言えば、パスポートっていうよりも「いったんちょっと線をひかせてもらいますね」って気持ちで書いたかもしれない。芸人でない人によるお笑いへの色んな意見――たとえば「漫才か漫才じゃないか論争」とか、その論争自体そもそも違うやろって思っているから。
橋本 マヂカルラブリー優勝後の論争。
石田 そうそう。言い方変えれば、ふだん料理屋で出された料理に「これは料理か料理ではないか」とはならないでしょう、と。料理屋で料理人さんが作ったものなら料理やん。だから「皆さんの意見はわかりました。でもその先にある芸人さんたちのもっと深い考えはこうなんですよ」って、一般の方が壊してきた垣根のもう一歩先に芸人として別の壁を作ったみたいな感じかな。
橋本 なるほど。補足をしつつ、漫才師によるディフェンス本でもあるんですね。僕としては、語りに熱を帯びてくると「僕にはお笑いの才能がないから」ってちょいちょい書かれているのも印象的でした。
石田 やっぱり、その自覚があるから頑張れたっていう認識が自分の中では強くて、元はただのお笑いオタクやからね。
橋本 お笑いが好きすぎてメモを取りながら舞台を見ていた石田少年……。ほんま、石田さんにしか書けない本だと思います。それにしても、僕が素人のときにこの本に出会いたかった。お笑いが大好きで、学生時代テレビやビデオで見るだけじゃ飽き足らず図書館でお笑いの本を借りて読み漁っていたんですけど、石田さんの本ほど深いところまでは書いてなかったですもん。お笑いを目指している養成所の子にはたまらんやろなぁ。
石田 そやね。お笑いに限らず、色んなジャンルの人に何かしらのヒントになればええなと思ってる。
「めっちゃボブ」って悪口?
石田 『答え合わせ』が“教科書”なら、橋本の『細かいところが気になりすぎて』はエッセイやけどハウツー本やよね。世の中に対しての「引っ掛かり」が詰まっているから、特にツッコミの人にとってヒントがいっぱいつまってる。
橋本 嬉しいっすね。石田さんの本に「短距離走のゴールの瞬間、中継番組でスローモーションにする意味がわからへん」ってありましたけど、めっちゃわかる!ってなりました。
石田 0・1秒縮めるために頑張って、風になりたくて走ってるのになんで最後だけスローやねんってな。
橋本 別にええやんって言われたらそれまでの話ですが、僕もそういうふとした瞬間に抱くちょっとした違和感みたいなものを、漫才ではなく文章っていうツールに落とし込んで表現してみたのがこの一冊なんです。だから石田さん版『細かいところが気になりすぎて』をぜひ書いていただきたい。
石田 いやいや、僕の場合は「おもろい人には意見がある」って気がついて以来、意識して意見を持つようにしているだけやから。橋本みたいな“ネイティブで意見持ち”の人にはほんまに憧れる。そこまで持つなってくらい持っていて、言葉選びも面白いし無限でツッコミのコンボが決まっていくし。
橋本 一番近い先輩にそんなふうに言っていただけて……照れます。
石田 文章のリズムもいいから、音でも聴きたくなった。橋本の言い回しで聞いたらますますおもろいやろな。
橋本 この本を読むだけのラジオでもしようかな。朗読会とか。
石田 やってほしいわ、めっちゃうるさそうやけど(笑)。引っ掛かることは昔より増えてるの?
橋本 増えてます。年とったらもっと気にならなくなるかと思いきや全然そんなことなくて。ほんましんどいです。
石田 僕も最近引っ掛かった出来事があってんけど、街で待ち合わせしている若い女性がいて、しばらくして待ち合わせ相手が来たらその女性を見るなり「えーめっちゃボブ! めっちゃボブやねんけど!」って言うて。これって悪口?
橋本 確かに「めっちゃいいやん」ではないから(笑)。
石田 いじっているように見えたのに、言われた方も「わたし、めっちゃボブ!?」って爆笑して、二人でめちゃめちゃご機嫌に去っていった。
橋本 めっちゃボブってあまりにもボブ、「This is ボブ」であり「正規品のボブのやりすぎ」であり……。
石田 気になってるな(笑)。

橋本 いじられているかもしれないけど、「めっちゃボブ!?」って返しはディフェンス力も高い気がします。それに僕らがおじさんだからわからないだけで、めっちゃ褒めてるのかもしれない。
石田 そうやねん、そうも考えられるねん。
橋本 「めっちゃボブにしてるけどめっちゃええやん」をはしょって「めっちゃボブ!」になったとか。あとはその人の言い方で「良いね!」って気持ちがちゃんと伝わっているとか……。どっちにしても彼女らと自分とでは言語感覚に大きな差を感じますね。
エースと津田の共通点
石田 年寄りじみてるかもやけど、「めっちゃボブ!」しかり、いま特に若い世代って言語が退化していっているように感じない?
橋本 (本を指して)「これめっちゃカワイイ!」って言いかねない。
石田 そうそう。焼肉屋でシマチョウ見て「カワイイ!」って言ってた子もおったな。牛の内臓に対して「カワイイ!」ってどんな感情やねん。
橋本 「牛の内臓がこんなに綺麗に洗浄されて人が食べられる状態にしてくれてカワイイ!」ってことですかね?

石田 はしょりすぎやろ! はしょりすぎてゴールがワケわからん(笑)。多分、言葉を減らして感情だけでラリーしてるんやろうな。
橋本 選ぶ面倒臭さをはしょっていますよね。選ぶのって大変だから。それに、「あの頃を思い出す」「懐かしい」「青かった」とか「エモい」感情ってたくさんあるのに全部「エモい」で済ませちゃうのは、より多くの人をカバーしてわかりやすく共感を得たいからなんやろうなって思います。選ぶことで人と違うテンションになることを恐れているというか……。
石田 分母を大きくするためにね。言葉の話でいえば吉本の養成所で授業するとき、言葉って所詮「器」でしかなくて、大事なのはその言葉にどんな感情を入れるかだっていう話をよくしている。
橋本 そうですね。年取るとますますそっちの方が漫才において大事になってきたって実感があります。
石田 でも最近はオリジナリティのあるツッコミに憧れるからか、若手の子は言葉に頼りすぎる傾向にあるなぁとも感じていて。言葉という「器」に入れる、言葉にのせる感情が減ってしまっているなって思う。
橋本 そもそも言葉に感情をのせるってこと自体がほんま難しいですよね。師匠方のように人間そのものの魅力に溢れているパンクロッカーみたいな人にはなかなかなれへんし……。人間力というか、いくら言葉をこねくり回してもバッテリィズのエースが去年のM-1で放った「ぜんぶ聞き取れたのに!」には敵わない。
石田 ほんまに。エースしかり、ダイアンの津田しかり。津田って相方の西澤のボケに対して慌てたり困ったりはするけど、なかなかツッコまない。
橋本 確かにそうですね。しかも西澤さんが淡々としているから余計に、言い返したいけど言葉が出てこなくて返せない津田さんの困り具合が引き立ちます。
石田 そう。それで困り果てた挙句、最後に「なんでそう言われなあかんねん!」ってバーンっと放つ一言で爆笑をとる。ネタ中の津田の感情がずっと繋がった状態でその一言にのってくるから、言葉を削りに削っても平気なんよね。すごいよね。
M-1 2024のここがすごかった
橋本 バッテリィズの名前が出たところで、あの話をぜひお聞きしたいです。
石田 ああ、聞き間違いかもしれないけど、な話(笑)。
橋本 めっちゃ大好きなんですよ、あの話。お願いします!
石田 M-1の1本目、ネタの最初にサンパチマイクに駆け寄って「どうもバッテリィズです、お願いします~」ってまず挨拶して、「お願いします、お願いします~」ってエースが客席に何回かおじぎしたあとに審査員席を見た瞬間、こっち見たまま「おはようございます」っておじぎしてん。
橋本 本番前、出場者は審査員の方にはお会いできないから、エースからしたらその日石田さんたちに会うのはあの瞬間が初めてで、だから「おはようございます」って挨拶した。
石田 聞き間違いかもしれんけどな(笑)。アホすぎて一瞬で心掴まれたよ。そもそも登場してからずっと顔も体も小刻みに動いていて、相方が喋るたびに相方のほうを見ちゃう。これって僕が養成所で最初に注意する仕草やねん。
橋本 散るから、ですよね。
石田 そう、お客さんの目が散ってネタの設定が入ってこないから。でもあのソワソワした動きが「アホ」を際立たせていたよね。
橋本 もちろんコンビ間であらかじめ決めた演出もあると思うんですけど、エースが持ってる地のアホさというか少年のままのピュアさをあの緊張の場でそのまま体現できるってすごいことやなと。あんなんできないですから。
石田 嘘つきたくないんやろうね。
橋本 エースの「おはようございます」話であらためて今思いますが、石田さんはあの本番を審査しないといけない立場だったから、僕が見た「M-1 2024」ともきっと全然違いましたよね。審査員席は舞台の下手にあって、そもそも見る角度からして違うし。だからほんまの「M-1 2024答え合わせ」は一緒に審査された同期のお二人――ナイツの塙さん、オードリーの若林さんと本番の後に行かれた飲みの場にあったんやないですか? きっと3人にしかわからない、凝縮度がめっちゃ高い話をされたはず。
石田 あれはアルコール度数高かったわ(笑)。
橋本 あのメンツで飲みながら漫才について話すなんて……しびれます。
石田 クローズドの空間だからこそ出てくるパンチラインがあったし、二人の意見を聞いて自分の理解も深まったよね。
橋本 そうすると、また本を出したくなりませんか? 漫才についての考えもどんどん変わるでしょうから『答え合わせ 2025』とか。
石田 ほんまそうやねん。この本も「現段階の最後の意見です」ってつもりで。子どもの学校の教科書を見ると自分らの頃と年号も名称もびっくりするくらい変わっていたりするから、時代によって変化するものだという前提で気軽に読んでもらいたいね。
いまも毎年M-1用のネタを作る
橋本 そういえば年末年始は漫才の特番がたくさんありましたが、NON STYLEさんは全部の番組でネタを変えたっておっしゃっていましたよね。漫才が好きで漫才番組をしっかり追いかけている人を残念がらせないためで、お笑い好きだったあの頃の心を忘れていないのがほんますごいです。
石田 中3の自分に「あ、置きにいったな」ってがっかりされたくないやん。
橋本 だから滑ったネタもあったってお話もまた人間っぽくて素敵です。現場の空気、お客さんの様子、自分や相方のコンディション、喉の調子……。新しいネタを試すときってかなりパワーが必要やから、いつどこでどうチャレンジするかの判断が難しいなっていつも思ってます。ウケなかったら我が子がボコボコにされたくらいの気持ちになるし、「ああもっと大事なところで出してあげたらよかった、こいつはほんまはこんな滑るような奴じゃないのに」ってへこみます。
石田 もっと難しいのは、テレビで新ネタをやるために先に寄席にかけるとなると、せっかくお金を払って見にきてくれているお客さんにまだ不安定なネタを見せるのか、ともなるし……。
橋本 芸人同士だとそのあたりの機微をお互いに感じ合ったりもしますよね。去年の年末ごろ大きめの会館で勇気出して新ネタをやってみたら結構笑ってもらえたことがあったんですが、次の出番のテンダラーさんが「これTHE MANZAIでやるやつ? めっちゃええやん」って言ってくださって、なんかちょっと恥ずかしさも感じました。
石田 自分らで言うのもなんやけど、お笑いの賞レースは卒業したものの、NON STYLEも銀シャリもネタ作りへのモチベーションはまったく落ちてへんよね。
橋本 そうですね。漫才は大好きな仕事であり趣味であり、僕にとっては一番の表現ツールです。漫才で感じられる快感は他のそれとは絶対に代え難い。
石田 僕は毎年、M-1やったらこの2本、THE SECONDやったらこのネタって決めて勝手に参加してるんやけど、自分の中では優勝した年もある(笑)。
橋本 僕もそうです(笑)。単独ライブをやり続けているのも、キレキレの2本を毎年ちゃんと作りたいからです。
石田 僕の場合は芸人さんも納得させられるネタ、寄席で爆笑がとれるようなネタ、エンタの神様でウケるようなポップなネタの3種類ぐらいに分けて作って、どれが残っていくかどんどん試していく感じにはしているかな。最近の銀シャリはどこの劇場でも一番ウケていて、ライブ感というかその場で生の漫才をしている感じが羨ましくて、そのラインで作ったネタもあるで(笑)。
橋本 すべてを研究の材料にされている(笑)。M-1を見ていてもどの漫才もみんなほんまに面白いから、そこに自分らも現役として喰らいついていかないといけないって思います。喰らいつくっていうよりも、ちゃんとチャンピオン然として存在できないと自分が銀シャリにがっかりしてしまうから。
石田 せやな、憧れつづけてもらえるように必死に頑張り続けるしかないよな。
橋本 はい。石田さんと同じで僕も銀シャリの一番のファンでい続けたい。これからも頑張っていきたいです。
(いしだ・あきら お笑い芸人)
(はしもと・なお お笑い芸人)