書評
2025年3月号掲載
斎藤知事の「ダーク・オペレーション」にはたまげた
烏賀陽弘道『プロパガンダの見抜き方』(新潮新書)
対象書籍名:『プロパガンダの見抜き方』
対象著者:烏賀陽弘道
対象書籍ISBN:978-4-10-611079-5
最近、地団駄を踏むほど悔しい思いをした。
兵庫県の斎藤元彦知事が再選を果たした昨年11月17日の選挙で、斎藤陣営のPR会社「メルチュ」の折田楓社長が、そのプロパガンダ戦略を詳細に記したブログを公開したのは同20日だった。
これまで、選挙候補者や政治家、政府のプロパガンダを請け負うPR企業の存在は、大手広告代理店やPR会社の名前が囁かれながら、往々にして実態は闇の中に隠れていた。彼らは隠密と保秘が鉄則で、クライアントとの関係すら否定するのが通常だった。
そうした「影の存在」は、姿を現すとしてもごく稀で、たまに事件や裁判絡みで、実態の一部が明るみに出る程度だったのだ。そうした当事者の隠密性そのものが、選挙プロパガンダが行う世論誘導の「ダーク・オペレーション」(表に出せない秘密作戦)ぶりを語っていた。
ところが折田社長は「弊社が斎藤知事の選挙プロパガンダをやりました」と自ら名乗り出ただけでなく、基本コンセプトから具体的な成果物に至るまで、実に詳細かつわかりやすく、その方法をネットに公開した(公職選挙法など法律に違反するかどうかの議論は措いておく)。長年プロパガンダの生態を観察し続けてきた私も、これにはたまげた。表に出るはずのないものが公開されたのだ。まごうことなく、政治とプロパガンダの関係を示す第一級の重要史料である。もう少し早く公開してくれていたら、と地団駄を踏んだ。というのも、この時点で拙著『プロパガンダの見抜き方』の完成稿をすでに入稿してしまっていた。この件を詳述することが叶わなかったのだ。悔しい。
気を取り直して、この件の教訓を述べると「プロの世論対策業者によるプロパガンダはかくも日常的、ありふれたものになっている」だ。
日本語で「プロパガンダ」というと、ナチス・ドイツやソ連共産党の「政治宣伝」を思い浮かべる人が多い。しかし日本外では“Propaganda”は「政治宣伝」「商用広告」両方を含む。もともとは「布教」を意味するラテン語で原義では「政治」「経済」を区別しない。
PR業者からすれば、売り込む対象が「商品」から「政治家」「政策」に変わるだけで、政治宣伝も商用広告も、メソッドには大差がない。日本政府の政策キャンペーンに大手広告代理店の名前がちらつくのは、実はごく自然なことなのだ。
日本社会は政治宣伝には過剰なほど神経質だが、商品広告にはノーガードに近い。「納豆にダイエット効果がある」とテレビがいえば、翌日には納豆が売り切れる。現在は主力メディアがネットとスマホ、SNSに代わり、プロパガンダの規模も浸透度も桁違いに大きくなっている。そんなプロパガンダが充満した時代に、それに対抗するメディア・リテラシーを育ててほしい。それが本書に込めた願いだ。
(うがや・ひろみち 報道記者)