書評

2025年4月号掲載

かつてない、ユニークなヴァンパイア小説

二礼 樹『リストランテ・ヴァンピーリ』

大森望

対象書籍名:『リストランテ・ヴァンピーリ』
対象著者:二礼樹
対象書籍ISBN:978-4-10-356161-3

 ジャンル名を冠した公募新人賞はジャンル意識が強くなりがちだが、新潮ミステリー大賞の場合は、ミステリーの枠からはみ出すような作品にも大胆に大賞を与えてきた。一條次郎『レプリカたちの夜』とか、荻堂顕『擬傷の鳥はつかまらない』とか。
 第11回の同賞大賞を受賞した二礼樹のデビュー長編『リストランテ・ヴァンピーリ』(応募時タイトル『悪徳を喰らう』)もそのひとつ。
 なにしろ、〈あんたは信じちゃくれないだろうが、おれは吸血鬼に会ったんだぜ〉というのが第一行。さらに、〈まず、どこから聞きたい? 食材として冷凍されていた男の死体が生き返って、そいつが吸血鬼を名乗ってきたってところからかな〉と続く。
 物語の舞台は、未来もしくは並行世界のイタリア。31年も続いた戦争によって移民や難民が大量発生し、欧州は荒廃(アメリカは滅亡しているらしい)。終戦から4年を経た現在、〈国はかつての繁栄を取り戻そうと足掻いている〉という状況にある。
 語り手の“おれ”ことオズヴァルド(30代後半)は、戦争中に36人を殺害した殺人鬼だと噂されるが、いまは会員制の高級リストランテ〈オンブレッロ〉で“解体師”として働いている。店の呼びものは6月と12月に開催される人肉解体ショー。しかし、時季外れの2月、冷凍された解体前の人間が手違いで納品されてくる。高価な食材を無駄にはできない。解体の下準備のため、オズヴァルドが包装を剥がしていると、その金髪の“人肉”が突如甦り、首筋に咬みついてきた! 急激な眠けに襲われて昏倒する“おれ”。
 折しも街では、この一カ月ほど、血を失った遺体が毎日見つかっていた。どうやら人間から血を奪う殺人鬼がこの街にやってきたらしい。
 やがて意識を取り戻した“おれ”は、闇医者の(ドクター・フーならぬ)ドットーレ・フーから、吸血鬼に咬まれたら死ぬしかないと告げられる。命の残りはせいぜい1週間。だが、咬みついた当人である金髪の美青年ルカによれば、ひとつだけ生き延びる方法があるという。いわく、吸血鬼は必ず双子で生まれ、二人で一つ。自分の双子の妹であるアンナの血を飲めば生き永らえられる。
「いったい何のおとぎ話だよ」と反発するオズヴァルドだが、一縷の望みを託し、行方知れずになっている吸血鬼のアンナを探すことになる。
 ――と、ここまででもすでにいろんな要素が(プラスいろんな疑問が)てんこ盛りだが、ほかにも個性的なキャラクターが目白押し。15歳のとき、祖父にあたる悪逆非道の王を殺害するも、王位継承を拒否して国内最大のマフィア〈ザイオン〉に身を投じ、街で一番の殺し屋になった元王女シニョリーナ・エヴェリス。国内最大手の航空会社ファルファッラ航空の代表にして“魔女”の異名をとるシニョーラ・ビアンカと、つねに彼女に付き従う黒髪の双子、テディとキャンディ。〈オンブレッロ〉の支配人ピエルマルコと料理長マウリツィオ……。
 美形揃いのアニメ的/ライトノベル的リアリティのもと、華麗なサスペンスとアクションとバトルがテンポよく展開される。
 新潮ミステリー大賞では、選考委員の道尾秀介がとりわけ文章力を高く評価し、
〈二人称で語りかけてくる口語体。疑似翻訳文体のような独特な書きぶりが世界観とぴったり合致しており、しかも章や節の終わりには必ずパワフルな「引き」が用意されている。無駄のない抑制のきいた語り口は全編にわたって非常に読みやすく、ストレスを感じさせない。そのいっぽうで、必要なときには大胆にディテイルへと踏み込んでいき、たとえば主人公が死体を解体するシーンなどは、この著者は実際に人をさばいたことがあるのではないかというくらい臨場感とリアリティがあった〉と絶賛している。
 キム・ニューマン「ドラキュラ紀元」シリーズのような改変歴史設定を匂わせつつ、そこにはあえて深入りせず、いくつもの謎を残したまま、ミステリー的などんでん返しを鮮やかに決めて着地する。かつてない、なんともユニークなヴァンパイア小説だ。シリーズ化に期待したい。

(おおもり・のぞみ 翻訳家/書評家)

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