書評

2025年4月号掲載

洋平くんの『会う力』

早川洋平『会う力─シンプルにして最強の「アポ」の教科書─』

石田衣良

対象書籍名:『会う力─シンプルにして最強の「アポ」の教科書─』
対象著者:早川洋平
対象書籍ISBN:978-4-10-356191-0

 記憶に残る限り、早川洋平くんときちんと言葉を交わしたのは、今から一〇年前の冬のことだった。集英社から『オネスティ』を上梓したばかりで、まとめて取材をこなしていた時期で、ぼくは通常の著者インタビューのひとつと気軽に考えていた。その取材の終わり近く、洋平くんは真剣にいった。
「おもしろい本はたくさんあるのに、どうして紙の本ってこんなに売れなくなったんですかね。なにかできることはないかなあ」
 胸をぐさりと刺された気分だった。ぼくもまったくの同意見だったのである。西側諸国のあいだで紙の本の売り上げが急落している国は、悲しいけれど日本だけだ。新刊インタビューでは何人もの出版関係者と話をしたが、実際に自分で行動して現状を打開したいと口にしたのは、洋平くんひとりだった。ぼくの返事はつい前のめりになった。
「本の世界を元気にするために、ぼくたちにもなにかできることはないか。つぎの打ち合わせまでに、各自アイディアひねってこようよ」
 二〇歳年下の洋平くんとぼくは、そのときから同志になった。何度かミーティングを重ね、まずメールマガジンや読書会から手をつけた。それが形を変え、進化して、五年ほど前からユーチューブ、ニコニコ動画、アップルポッドキャスト、スポティファイなどで、動画や音声の配信をするようになった。毎週約九〇分ほど、木曜公開の本のトークショーである。
「大人の放課後ラジオ」は、本の紹介を中心とする肩の凝らない愉快な番組で、洋平くんにも共演者として登場してもらっている。ときにボケたり、鋭くツッコんだりと、ぼくの心強い相方なのだ。今興味を惹かれる必読のお勧め本、驚くような切り口の新書、単純におもしろい小説、そして半期に一度の直木賞予想ダービーなどがメインの内容だ。炎上はしない、人気の芸能ネタはない、過激な右翼プロパガンダもない。けれど、地味ながらじりじりと着実に支持を集め、各プラットフォーム合計の登録者数は二万五〇〇〇人を超えて伸び続けている。つぎは一〇万人を目指そうと、スタッフ全員が燃えているのだ。
 ぼくが洋平くんに本を書いてみたらといったのは、気まぐれでも思いつきでもなかった。彼には特異な才能があったからである。例えば打ち合わせである本の話題が出る。ぼくなら「あの本おもしろかったね」で終わるのだけれど、洋平くんはさりげなくいうのだ。
「上手くアポが取れたので、来月あの本の著者に会いにいってきます」
 そして実際にフランスやイギリスやアメリカに飛んでいき、英語で取材をこなしてくるのである。こんなにフットワークが軽くて、好奇心旺盛で、気難しい人物の多い書き手の懐にさっと入っていける人を、他にぼくは知らない。彼は最初から「会う力」が抜群だったのだ。
 洋平くんのデビュー作には、たいへんな元手がかかっている。二〇〇〇人を超える国内外、有名無名の人々に取材を重ねたプロ・インタビュアーとしてのノウハウを、出し惜しみなくすべて一冊の本にまとめているからだ。アナウンサーやマスコミ志望の学生、広報や広告部に籍を置く会社員、フリーランスのライターやインタビュアーなら、仕事の中核的なスキルだけでなく、生きていくうえで役立つヒントを、この一冊から幾つも発見できることだろう。『会う力─シンプルにして最強の「アポ」の教科書─』は必ず元が取れるめずらしい本である。
 洋平くんが七年がかりで仕上げた最初の作品がようやく本になる。自分が年を取ったせいか、友人のデビュー作に立ちあうのは、思っていたより遥かにうれしい経験だった。ずいぶん昔のことに感じるけれど、第一稿を読ませてもらいわずかながらアドバイスをしたこともある。何度も書き直しを重ね、呻吟しているところを目撃もしてきた。本を書くのは誰にとってもたいへんな苦行で力業なのだが、洋平くんは見事に乗り越えてみせたのだ。
 つぎは読者のあなたが、自分の一冊に「出会う力」を試される番だ。『会う力』を読んで、あなたの人生の「会う力」を高めてください。その先にはきっと想像もしない未来と未知の懐かしい人たちが、待ってくれているはずだ。

(いしだ・いら 作家)

最新の書評

ページの先頭へ