対談・鼎談

2025年4月号掲載

西岡壱誠『それでも僕は東大に合格したかった─偏差値35からの大逆転─』、池田 渓『東大なんか入らなきゃよかった』文庫刊行記念

いつか、東京大学で

西岡壱誠さんは偏差値35から東大に合格し、現役東大生ながら、シリーズ累計45万部を突破した『東大読書』を執筆、ドラマ「ドラゴン桜」の監修者としても活躍している。一方、池田渓さんは東大卒業後、同大学大学院を経て、現在は文筆家として活動し「東大に人生を狂わされた」卒業生たちの姿を追っている。東大は、幸せへの扉か、それとも不幸への落とし穴か……東大をめぐる文庫新刊を出した二人が、縦横無尽に語り合った。

対象書籍名:『それでも僕は東大に合格したかった─偏差値35からの大逆転─』/『東大なんか入らなきゃよかった』
対象著者:西岡壱誠/池田渓
対象書籍ISBN:978-4-10-105941-9/978-4-10-105881-8

池田 西岡さんの『それでも僕は東大に合格したかった─偏差値35からの大逆転─』は、三回目の東大入試を受験した主人公が、試験から合格発表までの八日間に、“今までの人生で関わった人”に会っていく物語です。今回この本を読んで、受験当日の朝に緊張で嘔吐してしまう感覚とか、合格発表を待つまでのとても嫌な気分を、二十数年ぶりに思い出しました。

西岡 僕は二浪でしたし、本当に恐ろしい時間でした。

池田 審判が下されるのを待っているわけですからね。そして、この物語はダンテの『神曲』の「煉獄篇」だと感じました。主人公は、合格発表まで毎日一人ずつと会うわけですが、主人公が「師匠」と呼ぶ中三のときの担任の先生の導きで、先に大学生になった高校時代の後輩、高三で同じクラスだった女子、中学時代に主人公をいじめていた同級生、予備校時代の親友の妹など七人が登場します。これらの人との再会をとおし、主人公は自己を内省して、いじけた魂が浄化されていく……。

西岡 そんなふうに読んでくれたとは。

池田 主人公の名前は「西岡壱誠」ですし、実体験をもとにしたノンフィクションノベルだと聞いていますが。

西岡 そうですね、ほぼ実話です。

池田 高三のときに同じクラスだった女の子への恋心も実話なの?

西岡 ノーコメント(笑)。僕がこの本で書きたかったのは「東大に入るための努力」なんです。最後はもう「合格とか不合格なんて関係ない」という気持ちで。最近、努力を冷笑する風潮を感じますが、僕は、努力の過程で自身を成長させていくことこそが重要だと思うんです。そもそも東大を受験するって、とても愚かな行為なんですよ。試験科目が増えるし、形式が独特だから東大以外つぶしが利かなくなる。

池田 そうそう。よく、東大の受験勉強していれば早慶も受かるよねなんて言われるけど、短距離走と長距離走くらい違いますから。東大に受かって早慶に落ちる人もいます。

西岡 東大受験といえば、東大が推薦入試(学校推薦型選抜)を始めて、今年で十年になりました。累計の合格者数を見ていくと、一位が渋谷教育学園渋谷高校の二十人、二位が日比谷高校の十七人、三位が秋田高校の十五人、四位が広島高校の十四人、五位が灘高校の十三人でした。

池田 秋田と広島の地方公立高校が、灘高より上というのは驚きですね。

西岡 気になって秋田高校を調べました。でも、特別なことはしていないらしい。印象的だったのは、合格した生徒が推薦入試を受けたきっかけを「先生から勧められた」と答えていたこと。「君ならいける!」と背中を押してあげる先生がいたんですね。人間って、人間によって変われるんだと思いました。

池田 それって、この物語の主人公西岡くんと同じですね。

社長として東大生を引っ張る

池田 西岡さんはいま、現役東大生として東大に通いながら、執筆を行い、さらにカルペ・ディエムという会社の社長もされているとか。

西岡 うちの会社は、東大生たちに「拡声器」を渡し、情報発信できるようにする「場」なんです。東大生の中にはいろいろな経験をした人間がいる。週三でアルバイトしながら受験した人、ヤングケアラーで東大に受かった人。彼らに、じゃあ本を書いてみようとか、テレビに出てみようとか、情報発信の機会を作る。それによって個人の経験がパブリックなものになれば、別の人の人生にもプラスになると思うんです。それから、メディアの世界には東大生を「食い物」にしようとする人もいる。だから僕は、東大生が自分たち自身でやってけるシステムを作りたいんです。

池田 僕も学生時代から本を書いてきたので、食い物にされる怖さはわかる。今、書店にはカルペ・ディエムが関わった東大本がたくさん並んでいますね。

西岡 本当は、社長やりたくないんですよ。向いてないと思う。でも僕は、苦手なものって克服したいんです。

池田 東大の受験勉強で苦手科目を克服していったのと同じですね。

西岡 社長をやっているもう一つの理由は、僕が会社で一番「遊び」がうまいからだと思います。東大生は小さな頃から勉強勉強で、あまり遊んでこなかった人が多い。会社で働く東大生と黒部に旅行したことがあったんですが、ダムを見に行くとか、トロッコに乗るとかいろいろ遊べたはずなのに、あいつら足湯に浸かってスマホを取り出し、延々クイズ大会してたんです(苦笑)

池田 作中で、主人公が東大に合格するためやったことの一つが「東大に行くのだと周りに公言する」ことでした。先ほど「システムを作る」と周囲に公言したのは、同じ目的からですね?

西岡 声に出せ、師匠の教えです。ちなみに今回の文庫解説を書いてくれたのは、実在の渋谷先生なんですよ。

東大という幻想

西岡 東大に合格するのにはたくさんの努力が必要です。苦労が大きいからこそ入学後には「楽園」が待っているという“幻想”を抱く人は多い。でもそんな学生たちは、「ここから先はあなたの人生だから好きにしていいよ」って言われると、どうしたらいいかわからなくなる。だけど苦労して手に入れた「東大生」というプライドは手放せないから、どんどんこじらせていく。

池田 そういう学生は、就職活動で「東大までの人」と言われています。

西岡 池田さんの『東大なんか入らなきゃよかった』に登場しますね。僕のまわりにも、そういう人います。

池田 「東大」を冠したテレビ番組が人気ですが、ステレオタイプな「東大像」に大きな違和感があって。だから、違った視点から東大を書きたかった。

西岡 池田さんの単行本は2020年に出ましたが、衝撃が大きくて、面識がなかったのにもかかわらず池田さんに直接メッセージを送ってしまいました。

池田 じつは今回の文庫化に際し、ほぼ全文をリライトしたんですよ。データを最新にするのはもちろん、新規トピックも加えました。

西岡 読みながら「すげー、ここも新しくなってる!」と何度も叫んでしまいました。この本は二部構成で、第一部「あなたの知らない東大」では、学生たちの家庭環境や東大生の就職状況など、世間ではあまり知られていない「東大の実態」が書かれていますね。

池田 担当編集者は東大独自の進級制度「進振り(進学選択)」に驚いてました。東大生の学部学科が最終的に確定するのは二年生後半で、入学後の成績が悪いと希望学科に進めない。だから獣医師になりたいと思って東大に入学しても、「進振り」で獣医学科に入れないと、獣医師への道が絶たれてしまう。受験時に他大学の獣医学部を選んでいれば獣医師になれたのに、東大に入ったために夢が破れてしまうんです。

西岡 第二部「東大に人生を狂わされた人たち」では、東大卒業後、つらい現実にあえぐ人を取材されましたね。

池田 話を聞いたのは、メガバンクの銀行員、キャリア官僚、市役所職員、大学院生、地下街の警備員の五人。メガバンクで働く銀行員は、職場の慶應卒の先輩からいじめられたこともあり、心を壊して休職に追い込まれた。「東大卒」という肩書きを理由に、職場でいじめられるケースは他にもありました。

西岡 東大を卒業したらエリートコースまっしぐら、人生の勝ち組みたいに思ってる人も多いですから、反響も大きかったんじゃないですか?

池田 単行本の内容を抜粋したネット記事は三百万ページビューを超えたと聞きました。月二百時間超の残業に苦しむ官僚は、東大に入らなければ官僚にはならなかった、悲惨な人生を送ることもなかった、と語っていました。

西岡 最近は東大生の官僚離れも進んでいますからね……。

池田 今回は全員に対して追加取材を行いました。五年経つとみなさん状況が変わっていて。たとえば警備員だった齋藤さんはイラストレーターとして活動しており、この誌面で僕の写真に重ねられている絵は、齋藤さんに描いてもらいました。今回の文庫化では、最終的に約百四十ページ増えたんですよ。

西岡 この本は、まさに「裏の東大本」ですよね。アメリカなど海外でこういうアプローチの本が出ていたのは知っていましたが、日本では誰もやっていなかった。東大には、テレビをはじめとしたメディアから強い光が当てられています。でも、光が強いほど、影、闇も濃くなる。池田さんの本には、その闇がしっかり書かれていた。

池田 僕は新規性を重視していて、これまで世の中にはなかったという本にしたかったので、嬉しいです。

西岡 池田さんは東大生を「天才型」「秀才型」「要領型」に分けていましたが、とても腑に落ちる分析でした。

池田 僕は自分のことを「要領型」だと思っていますが、西岡さんは、ご自身はどのタイプだと思いますか?

西岡 うーん、天才じゃないし、要領もよくないから、「秀才型」かなあ?

池田 僕は、西岡さんは「外れ値」だと思っています。

西岡 ええ!?

池田 東大には毎年約三千人が入学しますが、西岡さんみたいなことする人は十人もいませんよ。大学側も興味を持って、じーっと観察しているのでは。

西岡 「出る杭」は嫌われるから(笑)

池田 「東大なんか入らなきゃよかった」と思ったことはありますか?

西岡 僕ほど「東大に入ってよかった」と感じてる人間はいないと思いますよ。僕が東大に合格したかったのは、自分を変えたかったから。東大に入っていなかったら、今の自分はない。本を書いたり、社長をすることもなかった。

池田 僕は、東大ってものすごく複雑な形をした立体だと思うんですよ。どこから見るか、誰から見るかでまったく違う形に見える。東大に入って幸せになった人もいれば、人生が狂ったり、不幸になってしまった人もいる。たとえば「進振り」について、僕たち二人の本は異なった評価をしていますし。

西岡 テレビなんかで取り上げられている東大は、同じ方向から見ているものばかり。でも、一つの視点からじゃ、東大という複雑な立体は正しく理解できない。

池田 だから僕たちの本は、ぜひ二冊セットで読んでほしいですね。

現役東大生はもちろん、東大をめざす受験生や東大に入らなかったかつての受験生にぜひ読んでほしい2冊

現役東大生はもちろん、東大をめざす受験生や東大に入らなかったかつての受験生にぜひ読んでほしい2冊

(にしおか・いっせい 文筆家)
(いけだ・けい 文筆家)

最新の対談・鼎談

ページの先頭へ