書評
2025年5月号掲載
長江俊和『出版禁止 女優 真里亜』刊行記念特集
脳汁が出る快感をあなたに
対象書籍名:『出版禁止 女優 真里亜』
対象著者:長江俊和
対象書籍ISBN:978-4-10-336175-6
小説にしろ、映像にしろ、長江作品には必ず何かしらの仕掛けがあるから、毎回、「今度こそ絶対に見抜いてやる!」と、意気込んで読み始める。
この最新モキュメンタリー『出版禁止 女優 真里亜』も、もちろんそうだった。
ヒントらしき情報は、あちこちに散らばっている。それに気付くことは出来る。一つ一つチェックしながら、「きっとこういうことに違いない。今度こそ見抜いた! 今回は簡単だったな!」とほくそ笑みながら読んでいったのに、予想は大外れ。真相は全く違っていて、結局、今回も完敗だった。
最後まで読んで、「そういうことだったのか!」と思わず声が出てしまったくらいだ。
初めて長江作品に触れたのは、伝説のモキュメンタリー番組「放送禁止」の初回放送だった。学生時代、新聞でテレビのチャンネル欄を見るのが大好きだった僕は、深夜に「放送禁止」とだけ書いてある不思議な番組を見つけた。
「なんだ、このタイトルは? 『放送禁止』なのに、なんで放送するんだ?」と興味を持った。
夜中にこっそり祖母の部屋に行って、寝ている祖母の隣で音を小さく絞って見たときのことは、部屋の感じも含めて、今でもはっきり覚えている。見終わっても訳が分からず、最後にネタバレはあるのだけれど、何を信じていいのか判断できなくて、本当にあった話を夜中にこっそり流したんじゃないかとか、とにかく色んな解釈を考えた。それまで、テレビ番組を見てあんなに考えたことはなかった。本当に衝撃的な体験だった。
この「放送禁止」シリーズを初めとして、映像作家としてのキャリアも長く、沢山の作品を手がけてきた長江さんが、自分のメインフィールドである映像業界を舞台に、関係者が謎の死を遂げる「呪われたシナリオ」や、「行方不明になった女優」を題材に書いたのが、最新作『出版禁止 女優 真里亜』だ。満を持して、という言葉がこれだけふさわしい作品もないだろう。それだけに、仕掛けの驚きだけでなく、描かれている世界のリアルさも格別だ。
僕は、テレビの裏方の仕事をしたり、ドラマの脚本補佐などをやった経験があるから、その異様な臨場感が身にしみて良く分かるし、そこに舌を巻いてしまう。
出て来る人たちも、単なるキャラクターではなく、ちゃんと生きている人間としての生々しさが感じられる。それこそ、バレないようにちょっと書き換えているだけで、実はこれは本当にあった話なんじゃないか、と思えてくるほどだ。
だから、長江さんに騙されているというよりは、出て来るキャラクターに騙されているような、なんとも不思議な感覚になる。
以前、長江さんと映像の仕事でご一緒したとき感じたのは、完璧主義、ということだった。
神は細部に宿るというけれど、とにかく細かいところへのこだわりが凄い。普通だったら、「別にいいや」と流してしまうようなところにも、徹底的にこだわる。
ある映像作品では、椅子に女の人が座っているというだけのシーンなのに、どういう部屋なのか、どんな姿勢で座っているのか、表情は? 視線はどこを向いているのか等々、撮影前の打ち合わせの段階で、イメージが完璧に作り込んであった。頭の中にある絵をスタッフと共有して、理想に近づけていくのだろう。
この、「ほとんどの人はスルーするだろうけれど、誰か気付くかもしれない(から、そこもちゃんと作っておく)」というこだわりが、長江作品のリアリティを支えているんだな、と感じた。
映像作家としてのこうした資質は、小説にも遺憾なく発揮されていて、だからあんなに迫力のある、リアルな怖さが書けるのだろう。
そういった細かなヒントが作用して、最終的に「そういうことだったのか!」と全体像が見える快感は、決して他では味わえないものだ。
まさに、「脳汁が出まくる」瞬間である。
ミステリーの解決編を読んで犯人を知る感覚とはまったく違う。そもそも、「犯人」なんて存在しないことだってあるし、勝手な思い込みで読んでいる自分自身が、勘違いの犯人であったりするのだ。
「自分で発見する」という「気づき」の喜び。これこそが、禁止シリーズの醍醐味である。
既にその醍醐味を知っている人も、未経験の人も、ここに新たな脳汁の素がある。
一刻も早く手に取って、共に脳汁が出る快感を味わおうではありませんか!
(はやせやすひろ 怪異蒐集家)