書評
2025年6月号掲載
「ゆる言語学ラジオ」相方より
堀元 見『読むだけでグングン頭が良くなる下ネタ大全』
対象書籍名:『読むだけでグングン頭が良くなる下ネタ大全』
対象著者:堀元 見
対象書籍ISBN:978-4-10-356291-7
幸運なことに、著者の堀元さんは面白い雑学を見極めるセンスと、それを適切に配列し、良質なコンテンツに変える構成能力に長けている。ところが不幸なことに、彼はその才能を余すところなく無駄遣いした。端的に言うと、『読むだけでグングン頭が良くなる下ネタ大全』はそういう本である。
堀元さんとの付き合いは長い。YouTube、Podcast番組「ゆる言語学ラジオ」「ゆるコンピュータ科学ラジオ」をふたりで始めてもう3年以上経つ。同番組でも、その嗅覚と構成力はいかんなく発揮されている。
僕もゆる言語学ラジオの台本を構成することがあるのだが、面白い研究や知識というのは諸刃の剣だと常々思う。それ自体が面白すぎると、構成をついサボってしまうからだ。「女性器が開くオノマトペ『くぱぁ』の原形は紀元前5世紀にあった」(第2部Section II)という事実があれば、それをまっすぐ紹介しているだけでもそれなりに面白いコンテンツになる。ところが堀元さんはサボらない。この話をあくまで導入とし、各国の文化を比較。しまいにはキリスト教の歴史と「くぱぁ」を並べてみせるのだ。バカげている。実にバカげているのだが、その飛躍が心地よい。
各章こんな調子なので、出てくる雑学のクオリティと密度は過去の著作である『教養悪口本』(光文社)、『ビジネス書ベストセラーを100冊読んで分かった成功の黄金律』(徳間書店)に比べて段違いに高い。自分が感心したものをざっと並べてみると、「恐竜の大腿骨の化石は、18世紀には巨人のキンタマだと思われていた」(第2部Section III)、「コーンフレークは性欲を抑えるために開発された」(第6部Section III)、「中華料理には、思春期前の男児のおしっこで卵を煮込んだ料理がある」(第3部Section I)……。テーマがテーマなだけに、感心したというのも憚られるが、意外な事実であることは間違いない。そしてこれらが広く知られていない理由のひとつは、下ネタだからだろう。これまで語られていなかったがゆえに、堀元さんのリサーチ力とストーリーテリング力は金玉のように輝く。
さらに「巨人のキンタマ」「性欲抑制コーンフレーク」「おしっこゆで卵」もまた、どれも一発ネタではない。こうした雑学はあくまで枕。どの章もそれぞれ興味深い議論が展開されており、とにかく飽きさせない工夫がちりばめられている。
ゆる言語学ラジオにしても『下ネタ大全』にしても、堀元さんの目指す理想は変わらない。この本を読み終わって思い出したことがある。彼は何かにつけて「ふざける」というワードを使うのだ。実際、noteのプロフィールには「知識を使ってふざけることで生活しています」とあるし、ゆる言語学ラジオのコンセプトを固める上でも、かなり初期の段階で「ふざける」というワードを使っていた。正直なところ、僕は初めてこのコンセプトを聞いたとき、彼にどんな勝算があるのかイマイチわからなかった。しかし今、彼の言わんとしたことはよくわかる。世の中には思いのほか、面白い知識をユーモラスに、明るく語るコンテンツがないのだ。だいたいは知識×非ふざけ(=interestingに全振り)か、非知識×ふざけ(=funnyに全振り)のコンテンツだ。彼は4年前にその構造を看破し、ぽっかり空いていたポジションを占めた。
その意味で、この本は作家・堀元見のひとつの完成形と言えるだろう。下ネタほど、彼のポテンシャルを引き出せる題材はないからだ。冒頭で「才能の無駄遣い」と述べたが、むしろ逆で、これほど彼の才能を引き出す素材はないと、いちファンとして思う。
同書の中で、VRを例にして「テクノロジーが発展するきっかけは性愛だ」と主張する箇所がある。僕はもうひとつ、性愛が人類の発展に貢献した分野を知っている。それが芸術だ。例えば官能小説に、独特のレトリカルな比喩があることをご存じだろうか。『官能小説用語表現辞典』(永田守弘編、ちくま文庫)を開くと、女性器の比喩として「極楽鳥花」「安達ヶ原の黒塚」「かげろうの羽根」が実例とともに挙げられている。こうした大げさな比喩が生まれた背景は、意外にも政治的な圧力だった。戦後間もなく官憲によるエロチェックが復活し、直接的な表現をすると作家や出版社が警察から呼び出されるようになったのだ。そこで官能小説の作家たちは、検閲に引っかからない程度には間接的だが、読者には何を描写しているかわかるような表現をひねり出した。そうした背景が忘れ去られた今もなお、官能小説は独自のレトリックを進化させ続けている。
下ネタは、使い方によっては不快感を与える。でも人類が性とともに進歩してきたことは紛れもない事実で、『下ネタ大全』はその奥行きを余すところなく活写した、堀元さんにしか書けない本なのだ。この本のタイトルを聞いて、鼻で笑った人もいるかもしれない。でも僕は思う。この本を読んで「グングン頭が良くなった」と思うかどうかは、逆説的だが、その人の教養の深さを反映しているのだと。
(みずの・だいき 編集者)