書評
2025年6月号掲載
何度でも言う 川上和人に外れなし
川上和人『鳥類学者の半分は、鳥類学ではできてない』
対象書籍名:『鳥類学者の半分は、鳥類学ではできてない』
対象著者:川上和人
対象書籍ISBN:978-4-10-350913-4
2013年に上梓された『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』(技術評論社 現・新潮文庫)は衝撃的な本だった。かねてより“鳥類のノンフィクションに外れなし”と確信していたが、まさに傑作である。生物学者が一般向けに書いた作品は概ね面白いのだが、とりわけ鳥の学者は変人、もとい研究熱心である。とくに川上博士の文章はポップでファンキー。さらに強引な論理展開が魅力だ。「恐竜は鳥である」という大前提に惹かれてしまう。
夏休みには必ずどこかで開催される「恐竜展」。最近では羽毛を生やした恐竜の展示は珍しくないが、12年前だと「そんなバカな!」と感じる人が多かったと思う。
だが20世紀末から古代生物学者の研究が進むにつれ、鳥類と恐竜の類縁関係が従来考えられていたものより密接であることがわかってきた。鳥は恐竜から進化してきたものだったのだ。
未知な巨大生物である恐竜に大きな憧れを持っていた著者にとって、恐竜研究が自分のテリトリーとなったことで嬉々としてこの本を執筆したのだろう。「なんと面白い、読んで読んで!」とあちこちで紹介し意外と評判になったことは、書評家の私のささやかな自慢である。
このことがきっかけだったかは定かでないが、川上和人という鳥類学者はおもしろい、とさかんにマスコミに登場するようになっていく。
夏休みの人気番組、NHKラジオ「子ども科学電話相談」の回答者にも抜擢された。質問は子どもだからと言ってバカにできない。小学二年生の男子児童が「オガサワラカワラヒワ絶めつの可能性」を問うと、小学生にもわかりやすく、かつ専門的で軽妙洒脱に答えていくのはさすがだ。将来鳥類学者を目指す少年少女が増えていくのではないだろうか(『NHK子ども科学電話相談 鳥スペシャル!』〈NHK「子ども科学電話相談」制作班編、NHK出版〉参照)。
2017年春には『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』(新潮社 現・新潮文庫)という開き直ったような挑戦的なタイトルの書籍が上梓された。
“鳥類学者はなぜ鳥類学者になることを選んだか”というストレートで深遠な問題を突き詰めて考えたこの本は、著者の半生記ともいえる。鳥とは無縁の子供時代を過ごし、東京大学農学部に入学したあと、小学生時代に「風の谷のナウシカ」に感動したことから野生生物を探求するサークルに入り、その後、研究目標として鳥に白羽の矢を立てたと告白している。
文章の軽さに反して根っから真面目な性格なのだろう。恩師から与えられたテーマである「小笠原諸島の鳥」を研究した成果も明かす。
さらに小笠原諸島(とは言っても父島から130キロ離れているが)の無人島「西之島」の調査も行ってきた。この島は2013年の噴火によってそれまであった生態系がほぼ壊滅した。著者は調査隊の一員となり、生態系の自然回復過程(特に海鳥)の観察を行うことになったのだ。
さて「鳥類学者シリーズ」第三弾ともいえる本書『鳥類学者の半分は、鳥類学ではできてない』というタイトルをみて、ん? と疑問がわきあがる。
鳥類学でできてないのは、学者諸氏のこと? 著者個人の身体? まあ、細かいことを気にしても仕方がない。
本書は前作以降に行われた2019年から2024年までの小笠原諸島および西之島における調査の進捗状況をメインに、生物系研究者として自らの存在価値を問う深い考察を行い、未来の地球への展望を綴っていく。
特に興味深いのは火山噴火により天地創造直後と同じ「まっさら」になってしまった西之島の様子だ。噴火が断続的に続き、ヒトが上陸できないところは惑星探査などに使われる遠隔操作用ローバーが投入されるが、「地球も、惑星ですからね」というJAXAの研究者の視点にワクワクしてしまう。自然科学に興味のある人なら誰もが知りたいと思うことだろう。
噴火が収まったあと、いち早く西之島に戻った海鳥はこの調査では見つからない。新しい環境での繁殖は難しいのか。その理由は恐竜が絶滅した原因に結び付くのか。空を飛べない地上生活の生物が発見された時の興奮も伝わってくる。生態系はどう変化していくのだろう。
まさに大阪・関西万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」を研究されているのだ。どうかその成果を一般市民に啓蒙し普及させていただきたい。きっと新発見もあるだろう。楽しみである。
(あづま・えりか 書評家)