書評

2025年6月号掲載

記者が深掘りした人生のストーリー

読売新聞社会部「あれから」取材班『「まさか」の人生』(新潮新書)

森下義臣

対象書籍名:『「まさか」の人生』
対象著者:読売新聞社会部「あれから」取材班
対象書籍ISBN:978-4-10-611089-4

「ニュースは歴史の第1稿」と言われます。新聞の使命は、政治や経済、事件・事故など様々な分野で起きる出来事を、早く、的確に読者に届けることにあります。
 一方で、日々刻んできた「歴史」を振り返って検証することも重要な役割です。「あのニュースの人はどうなったのだろう」。そんな観点で2020年2月に始まったのが読売新聞の連載「あれから」です。2025年4月時点で56回を数えました。
 長く連載を続けるうちに、「『あれから』を取材したい」と社会部を志望する記者も出てきました。入社7年目の2023年に配属された押田健太記者はその一人です。前任の盛岡支局時代から「ネタ」をいくつも温めており、その中から「初のセクハラ訴訟」を争った晴野まゆみさんを取材しました。平成の出来事をまとめた本で晴野さんを知ったという押田記者。性差別がハラスメントとして認識されていなかった時代に風穴を開けていく様子を、熱のこもった筆致で描きました。
 取材期間は約5か月。事件取材など社会部記者としての業務の傍ら、膨大な裁判資料を読み込み、晴野さんがいる福岡に何度も足を運びました。記事には盛り込まれませんでしたが、セクハラの加害者にも話を聞きました。一方当事者だけへの取材で記事は書けないからです。「取材を尽くすことの大切さを再認識した」と押田記者は話します。テレビの企画で「懸賞生活」を送った芸人のなすびさんを取材した回では、明るいお笑い番組の裏側で味わった苦悩を浮かび上がらせました。
 私は2024年末に「あれから」のデスクに就くことが決まってから、2025年3月に発生から30年を迎える地下鉄サリン事件を取り上げたいと考えていました。警視庁の元科学捜査官・服藤恵三さんを主人公として提案したところ、同1月に社会部に来たばかりの貞広慎太朗記者(入社6年目)が手を挙げました。事件発生時にまだ生まれていなかったことに驚かれながら、元検事や元警察庁長官にも粘り強く取材しました。オウム真理教の教祖・松本智津夫元死刑囚に逮捕状を請求する場面は、私の知る限り、新聞で報じられたことはありません。立派な「特ダネ」となりました。
 私たちの「頑張り」を押しつけるつもりは毛頭ありません。ただ、若い記者が知恵を絞り、汗を流しながら引き出した人生のストーリーに、本書を手にした読者が何らかの「ひっかかり」を感じていただけたら、新聞記者として望外の喜びです。
 本書『「まさか」の人生』には、既刊『人生はそれでも続く』(2022年8月)発売後に掲載した記事を中心に20本を収めました。
「まさか」、と主人公自身も驚く人生を丹念に取材し、深掘りしたストーリーを届けたい。タイトルに込めた思いです。

(もりした・よしおみ 読売新聞社会部デスク)

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