書評

2025年7月号掲載

黒柳徹子『トットあした』刊行記念特集

受け取った「言葉」を繋いでいく

南沢奈央

対象書籍名:『トットあした』
対象著者:黒柳徹子
対象書籍ISBN:978-4-10-355008-2

 わたしは「言葉」が大好物だ。読書をしていて、人と会話をしていて、良い言葉に出会うと、ノートに書き留めている。
 本を読んでいるときなんかは、わたしは良い言葉を収集したくて本を開いているんじゃないかと、最近、人へ本を勧めていて気が付いた。さぁ本のことを説明しようと内容を思い出そうとすると、真っ先に出るのが、あらすじよりも言葉だったりすることがあるのだ。「こんな場面にこんな言葉があって!」とか、「文章が好きだった」、「この表現が刺さった」など、言葉にまつわることを熱弁してしまう。
 これまで「言葉」にどれだけ救われてきたのだろう。言葉は色褪せない、とよく聞く表現を使うのは悔しいけれど、つくづく思う。不安になったとき、その瞬間に言葉に出会わなくてもいい。かつて読んだ/かけてもらった言葉を目にする、口に出してみるだけで奮い立たされる。一度出会えば、一生の宝になり、鎧になり、コンパスになる。それが言葉だ。
〈書いておけば、そんな言葉が、私以外の誰かのためにも、いつか役立つことがあるかもしれないし、そんな言葉を私にかけてくれた人たちのことだって、誰かが記憶にとどめておいてくれるかもしれないのだから〉
 そんなふうに、黒柳徹子さんが人生の中で出会い、生きる支えにしてきた言葉たちを披露してくれたのが本書だ。“披露”というワードを使ったのは、読んだとき、あぁ徹子さん(親しみを込めて下の名前で呼ばせてください……!)、深いところまでさらけ出してくださっているなぁ、という印象を受けたからだ。言葉をとっかかりに半生を振り返りながらも、自分を形成するもの=言葉を解体して、見せてくださっている。お会いしたことがないのに、勝手ながら、徹子さんの人柄、感性、仕事に対する姿勢や考えを理解したような気になっている。
 徹子さんの半生を追うだけでも、充分に読み応えのあるエッセイとなっている。小学校、自由な校風のトモエ学園時代から始まり、〈子どもに絵本を上手に読んであげるお母さん〉になりたいというところからNHKに入ったとき、テレビ女優第一号としてデビューしたとき、「夢であいましょう」などの人気番組に出演していたとき、文学座に入ろうか考えていたとき、ニューヨークへ留学したとき、「ザ・ベストテン」の立ち上げのとき――などなど、非常に興味深い、“芸能史”とも言える時代ごとの裏話が楽しく綴られている。
 これらは、人からもらった「言葉」にまつわる逸話の数々。本書は、逸話の根底に「言葉」がある。そして、「言葉」があるということは、「人」がいる。徹子さんと関わったまさにその「人」が、主人公のように立って登場する。永六輔さん、向田邦子さん、小沢昭一さん、渥美清さん、杉村春子さん、沢村貞子さん、ケストナーさん、アラン・ドロンさんといった、今は亡き偉大な方々がここでは生きている。他にも仕事の面で欠かすことのできなかった存在、ディレクターやプロデューサー、演劇学校主宰者。さらに肩書など関係なく出会った、学校の校長、兵隊さん、パンダ好きの子どもたち、伯母、父、といった存在も愛をもって描き出す。
 毎日のようにマンションに通って何時間もおしゃべりしていたという向田邦子さんの「幸せと災いは、かわりばんこに来るの」とか、徹子さんが舞台で芝居をする上でのモットーにしているマリア・カラスさんの「修練と勇気、あとはゴミ」(オペラ歌手にとって必要なものを問われたときの答え)、「ザ・ベストテン」で固い信頼関係のあったプロデューサー・山田修爾さんの「自分の子どもが見て恥ずかしい番組だけは作りたくない」――。わたしの人生においても指針になりそうな言葉が詰まっていた。
 徹子さんが誰かの言葉に励まされ、救われ、支えられたように、本書をきっかけに、徹子さんの言葉で心動かされる人が多いはず。わたしもついつい書き留めて、心に置いておきたいと思った徹子さん自身の言葉とたくさん出会うことができた。
〈何歳になっても、何度やっても、舞台に立つのは、いつだって怖いことだ〉には、徹子さんもそうなら大丈夫と背中を押され、〈ニューヨークでいろんなすぐれた俳優を間近で見て、やっぱり何より大事なのは、人間味なんだ、いかにいい人間であるかなんだ〉には、あぁ自分はまだまだ、そして徹子さんのように90歳過ぎても現役でいたい! と奮い立たされた。
 植物が水を吸い上げて成長していくように、人の心は言葉で育つ。何となくそうなのではないかと思っていたことが、確信に変わった。だから一生、言葉に触れていきたい、言葉を集めていかねば。そう、生き方も定まるような一冊だった。

(みなみさわ・なお 俳優)

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