書評

2025年7月号掲載

ITとオカルトは相性がいい

新名 智『霊感インテグレーション』

宮澤伊織

対象書籍名:『霊感インテグレーション』
対象著者:新名智
対象書籍ISBN:978-4-10-356351-8

 ホラーとミステリ、どちらも不可解な出来事や事件を扱うこの二つのジャンルは、本来それほど相性がよくない。ホラーをホラーたらしめるのは、未知の怖さである。不可解な事件は、何が起こっているかわからないという、ただそれだけで怖い。一方ミステリの面白さは「謎を解く」ところにある。不可解な事件を解きほぐし、未知を既知で書き換える行為こそがミステリをミステリたらしめる。
 恐怖の原因がただ解体されて終わるだけのホラーは興醒めだし、謎が未解決のまま残るミステリは消化不良だ。ホラーとミステリというジャンルは根本的なところで排他的で、一つの作品の中で同居させるのはなかなか難しい。安易に組み合わせてしまうと、お互いのよさを潰し合ってしまう。それでもやろうというなら……作家の腕の見せ所だ。
 新名智『霊感インテグレーション』は、この難しい綱渡りを抜群に上手くやり遂げた一作である。
 曰く付きの案件ばかり舞い込んでくるITベンチャー、ピーエム・ソリューションズ。入社したばかりの新人ディレクター多々良数季は、同僚のエンジニアたちの助けを借りながら、幽霊からのプッシュ通知、呪われた瞑想アプリ、サーバー神社の祟りといった怪異に挑む。「オカルト×テック×ミステリ」と銘打たれているとおり、怪奇現象に現実的なITがガッツリ絡んだミステリである。
 2021年に横溝正史ミステリ&ホラー大賞でデビューした新名智は、作家であると同時に現役のシステムエンジニアでもある。作中のテクノロジー描写も地に足の着いたもので、IT関係の仕事をしている読者からすると身近すぎるくらいかもしれない。
 ITとオカルトは相性がとてもよい。ハードサイエンスの産物であるはずのITだが、詳しくない人にとっては何が行なわれているのかわからないブラックボックスだし、詳しい人でも全貌を把握することは不可能だ。というのも、ITとは「他人の作ったもの」だからだ。知らない人の作った言語、知らない人の作ったOS、知らない人の作ったライブラリ、知らない人の作った素材、知らない人の作ったアプリ……。どこの誰が作ったのかも不明な技術を、理解しきらないまま使うのが、現代のITというものだ。
 そこにあるものをただ使うだけのユーザーも、自分で手を動かすエンジニアも、必ずどこかで、自分ではない誰かが作ったITを使うことになる。つまりITには必ずどこかに、目の届かない暗闇が残り続ける。そこにオカルトが忍び込む隙がある。
 本作でホラーとミステリのジャンル横断がうまくいっているのは、ITの持つこうした特性に対して意識的であるからだと言ってもいいだろう。他人はわからない。わからないから怖い。わからない他人が作ったテクノロジーもわからない。だから怖い。
 怪異として提示された謎がミステリとして解体されたとしても、「目の届かない暗闇」は依然として残り続ける。暗闇がどれだけ深く、どこまで広がっているのか、それをミステリで扱うことはできない。フェアに提示された謎を明らかにするのがミステリなら、そこから外れた暗闇に踏み込んでいくのはホラーの領分だ。
 IT企業の社員である主人公とエンジニアたちの前には、さまざまなIT絡みの怪異が現れる。一見して不可解な現象を、主人公たちはロジックをもって解体しようとする。それだけでも面白い「ミステリ」だが、全体を貫く縦の糸がある。それが「呪い」である。
 主人公をはじめ、登場するキャラクターたちはそれぞれが呪いを抱えて苦しんでいる。呪いとは、情報レイヤーから物理レイヤーに染み出してくる、ロジックが明らかでない攻撃と言うこともできるだろう。サイバー攻撃なら、ロジックを突き止めれば対応策が考えられる。では、呪いに対しても同じようにロジックで戦えるだろうか? そもそも、呪いにロジックはあるのか? 仮にあったとして、ファイアーウォールやアンチウイルスソフトに相当するような対抗手段は存在しうるのか?
 そんなものがあったら、呪いは呪いではない。単なる技術である。ロジックの通用しない理不尽であるからこそ呪いなのだ。その理不尽に対して主人公たちはどう向き合うのか。呪いから解放されるためには、いったいどうしたらいいのか。この問いに対して本作が導き出した解答もまた、地に足の着いた、実にエンジニアらしいものだった。
 ITとオカルトが絶妙に嚙み合ったミステリであり、なおかつロジックの光が及ばない暗闇にも果敢に挑んでいる作品だ。本当に面白かった。

(みやざわ・いおり 作家)

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