書評
2025年7月号掲載
オスカルの影、『ベルばら』のロベスピエール
池田理代子、芸術新潮編集部 編『「ベルサイユのばら」の真実』(とんぼの本)
対象書籍名:『「ベルサイユのばら」の真実』
対象著者:池田理代子/芸術新潮編集部 編
対象書籍ISBN:978-4-10-602310-1
本書は漫画家・池田理代子さんと芸術新潮編集部の共編著で、『ベルばら』のイラストの他、18世紀のアート作品も盛り込んで、フランス革命の時代風景を見事に伝えてくれる一冊である。とりわけ『ベルばら』ファンにとって興味深いのは、池田さんのインタビューだろう。そこでは、「ほんとうは、ロベスピエールやサン・ジュストのその後や、ナポレオンの登場までちゃんと描きたかったんです」と語られている。実現すれば、『ベルばら』の続編となるはずだが、描かれないまま現在にいたる(ナポレオンについては大作『栄光のナポレオン エロイカ』が後に刊行されている)。
『ベルばら』に続編があるとすれば、どのようなストーリーだろうか。本書では、主要登場人物や物語が詳しく解説され、巻末では「外伝」や「エピソード編」も紹介されているので、それらを見ると余計に続編が気になってくる。そもそも歴史上のロベスピエールは、サン・ジュストとともに恐怖政治の指導者として断罪されたが、その彼が本編の主人公オスカルの運命を引き継ぐ登場人物になりえるだろうか。
実はロベスピエールは、『ベルばら』に10回近く登場する。主要登場人物を除けば意外に多い。オスカルが彼と最初に対面するのは田舎の食堂。王妃から謹慎処分を言い渡されたオスカルが、父の領地に帰省した際に店に入ると、そこにいたのがロベスピエールだった。そこはアルトワ州アラスで、ロベスピエールの生まれ故郷だったのだ。以後、彼はオスカルの影のように要所で登場することになる。
その食事処でロベスピエールは、ルイ16世の戴冠式で学生代表として祝辞を述べた際、すでにオスカルに出会っていたと告げる――これが彼の『ベルばら』初登場で、「フランス革命のもっとも進歩的な指導者」と紹介されている。続けて彼が、王政の厳しい現状を指摘すると、この近衛連隊長は顔を顰めるが、「ロベスピエールのいったことは真実でございます」と店主に諭される。以後、ロベスピエールは王宮にいては把握できない〈民の声〉をオスカルに指し示す役割を暗に果たすだろう。
その点で触媒となる登場人物が、ベルナール・シャトレという新聞記者である。二人が酒場で再会した際、ロベスピエールの隣から連隊長に向かって「王妃のイヌか!?」と叫んで登場する記者だ。彼はのちに怪盗「黒い騎士」として民衆のために貴族の宝石を盗むが、オスカルに捕えられ素性が割れると、「ロベスピエールもおまえたちぬすっとの仲間だったのか」と言われる。これに対して記者は、「ロベスピエールを侮辱するな」と激昂、貴族こそ「貧しい民衆にダニのように寄生してくらして」いるじゃないかと啖呵を切る。さらに、ロベスピエールの生い立ちから説明し、貧しいなかでもいかに勉学に励んできたかを語る。その熱弁はオスカルをして、「貴族とは……はずかしいものだ…な…」とまで言わしめた。
こうして、ベルナールはロベスピエールの〈革命の理想〉をいわば代弁する存在である(彼の実在のモデルはロベスピエールの同窓生のカミーユ・デムーラン)。ベルナールが路上で全国三部会の開催を訴え、「自由平等」「博愛」、「ジャン・ジャック・ルソーの このとうとき理想が実現される日は近い!!」と演説をする場面があるが、これこそロベスピエールの〈革命の理想〉であった。そこをたまたま通りかかったオスカルは、「見たか あのきらきらした眼を」と言って深く感心するのである。
ベルナールの唱える理想を介して、二人の運命は交錯する。全国三部会が開催されると、国王側は第三身分の代表者たちを議場から締め出す暴挙に出る。この「正当な国民の代表」を侮辱する行為は、オスカルには許容できなかった。そこで暴挙に耐え、民衆の負託に応えようとするロベスピエールの行動にオスカルは感動し、貴族として仕える王家と人間として理解を示す民衆、それぞれの間で揺れ動くことになる。結果、後者の側に立ってバスティーユ監獄の襲撃を指揮、〈革命の理想〉のために殉教するのである。この主人公の亡き後、理想を引き継ぐ存在はロベスピエール以外にいただろうか。
もう一方の主人公、マリー・アントワネットの処刑まで物語は続く。その裁判を傍聴するロベスピエールに、著者の池田さんは印象的な台詞を言わせている。それは革命家エベールが王妃の男狂いや王子への虐待を証言したときのことである。「エベールめ!!なんていやらしい男だ!あんなばかげたでっちあげを法廷にもちこんで神聖な革命をけがす気か」。これは革命(家)にも神聖なものとそうでないものがあることを暗示している。もちろん、「神聖な革命」を担うのはオスカルであり、ロベスピエールだったはずである。
このような解釈は、著者が『ベルばら』を描くきっかけとなった、ツヴァイクの『マリー・アントワネット』の革命理解に基づいている。ツヴァイクによれば、革命家には「理想のゆえに革命を奉じた者」と「怨恨から革命に走った者」がいる。前者の代表がロベスピエールやサン・ジュスト、後者の代表がエベールだった。革命は目上の者への復讐心、自分の欲求を満たすための権力欲などに導かれてはいけない。だからこそ、オスカルを引き継ぐのはロベスピエールやサン・ジュストでなければならなかったのである。革命の影の部分も含めて。
(たかやま・ゆうじ 政治学者)