書評

2025年7月号掲載

気象学者はどのように空を見ているのか

坪木和久『天気のからくり』(新潮選書)

荒木健太郎

対象書籍名:『天気のからくり』
対象著者:坪木和久
対象書籍ISBN:978-4-10-603931-7

 台風や大雨による水害のニュースを、私たちは毎年のように目にしている。「最近、異常気象が増えているのでは?」――そんな風に感じている人も多いだろう。
 空では雲が育ち、そのなかで雨が成長して降ってくる。積乱雲と呼ばれる雲が集まることで低気圧として発達し、やがて風が強まると台風になる。こうした現象はすべて空の上で起きている。しかし、私たちは日々の生活のなかで、空や雲を目にしながらも、じっくり向き合うことは少ないかもしれない。だからこそ、空と上手に付き合うために、その仕組みを知ることが大切だと、筆者は考える。美しい空を楽しむだけでなく、突然の雨に困ったり、大きな災害に巻き込まれたりするリスクも減らせるはずだ。
 相手を知るには、一つの側面だけでなく、さまざまな角度から眺めることが大事だ。「天気」に関する本は、子ども向けの図鑑から専門的な教科書まで、数え切れないほどある。そんな中で、ちょっと違った視点から天気を知りたい人にぜひおすすめしたいのが、『天気のからくり』である。
 著者の坪木和久先生は、名古屋大学宇宙地球環境研究所の教授で、台風や大雨を専門とする気象学者だ。日本人として初めて、航空機によるスーパー台風の直接観測に成功したことでも知られている。本書は、そんな坪木先生の目を通して見た「天気」の世界を、軽快なエッセイの形で描き出している。
「気象学」と聞くと、ちょっと難しそうな印象を受けるかもしれない。だが、本書は日常の何気ない事柄をきっかけに、天気の謎を解き明かしていく。坪木先生のユーモアあふれるエピソードや体験談が織り込まれていて、まるで物語を読んでいるような感覚になる。さらに、「地球の自転軸が傾いていなかったら、清少納言は季節の話を書かなかっただろう」とか、「大気の河にはアマゾン川2~3本分の水が流れている」といった、思わず「へぇ!」と声が出るような話が随所にちりばめられており、ページをめくる手が止まらなくなる。
 なかでも筆者が特に心惹かれたのは、「スーパー台風に突入せよ」という節だ。スーパー台風とは、地上での最大風速が毎秒67メートル以上の非常に強力な台風のこと。坪木先生が日本人として初めてスーパー台風の航空機観測に挑戦した当時の緊迫した状況や、胸の高鳴りまでが生き生きと描かれている。あくまで本の中の話なので、実際に飛行機に同乗しているわけではないのだが、まるで機内にいて興奮している坪木先生から直接話を聞いているような臨場感がある。
 ちなみに、2024年春に放送された、気象災害をテーマにしたテレビドラマ「ブルーモーメント」は、筆者が気象監修を務めた作品だ。このドラマでも、関東に上陸しようとするスーパー台風の周囲をヘリで観測するシーンがあるが、これはまさに坪木先生の航空機観測からヒントを得たものだ。坪木先生にはドロップゾンデ(観測機器)の監修もお願いし、快く引き受けていただいたのは、良い思い出である。
 そして、本書の魅力は、最新の研究成果もふんだんに紹介されている点にある。たとえば、地球温暖化が進むと、今世紀後半にはスーパー台風が日本本土に達する可能性があるというシミュレーション結果や、計算コストを抑えて現実的な雲や雨粒を再現できる「超水滴法」と呼ばれる手法、さらにAIを活用した天気予報の最前線まで幅広く解説されている。気象の専門家にとっても新鮮な発見があり、読みごたえは十分だ。
 冒頭には「私はクルクルと回転するコンパクトディスク(CD)を見ていると、だんだんそれが台風に見えてきます(何かの病気ではありません)」という坪木先生の一文がある。こういう“何かに魅せられてしまった人”の視点は、きっと私たちの日常とは少し違った風景を見せてくれる。台風に取り憑かれた(?)気象学者が、どんな風に空を見つめているのか。『天気のからくり』は、その熱量とユーモアに満ちた人間ドラマを、存分に味わわせてくれる一冊だ。

(あらき・けんたろう 気象学者/雲研究者)

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