書評
2025年8月号掲載
同姓同名は、新しい親族となる
田中宏和『全員タナカヒロカズ』
対象書籍名:『全員タナカヒロカズ』
対象著者:田中宏和
対象書籍ISBN:978-4-10-356381-5
「渋谷のタナカヒロカズ」というラジオ番組に、何度かゲストで出たことがあります。
同姓同名を集める“タナカヒロカズ運動”を、長年にわたって続けている田中宏和さん(同じタナカヒロカズさん同士を識別するためのニックネームは「ほぼ幹事」)。彼は、もう一人の田中宏和さん(ニックネームは「渋谷」)と共にラジオ番組を持っているのです。
ほぼ幹事の田中宏和さんはある時、番組中に、ジャズピアニストの酒井順子さんと私を、つなげてくださいました。ニューヨーク在住の酒井順子さんと、私はしばし、酒井順子談義をすることとなった。
同姓同名の方と話すのは生まれて初めてでしたが、これはかなりワクワクする体験でした。ニューヨークの酒井順子さんが自分の分身のような感覚になり、彼女がジャズの本場でピアノを弾いているという事実に、私まで誇らしいような気持ちに。最後は心から「頑張ってくださいね!」と言って、電話を切ったのです。
タナカヒロカズ運動の広がりと楽しさについては、ほぼ幹事の田中宏和さんよりかねて聞いていた私。海の向こうの酒井順子さんと話すことによって、「これだったのか!」と、強く膝を叩きました。
ほぼ幹事の田中宏和さんによる『全員タナカヒロカズ』は、タナカヒロカズ運動の端緒から現在に至るまでの軌跡を記した書です。同姓同名の人が集まった最多記録としてギネスに認定されるまでに至った(とはいえ、それはすぐに抜かれるのだが)この運動が歩む過程には、失敗もあれば、目頭が熱くなるようなエピソードも。読んでいるうちに、自分も同じ名前の人とつながりたい、もしくは自分もタナカヒロカズになりたい、と思わされること必至です。
著者は、自身の役割を「コミュニティ・マネージャー」という言葉で説明しているのでした。共同体の管理・運営を行い、共同体の価値を高めるべく動くのが、コミュニティ・マネージャー。リアル・デジタル両面において、その役割の必要性は強まっているのだそう。
この言葉を見て私は、ハタと気づきました。著者と私は、十余年前に共通の知人が他界した時、葬儀等を通じて知り合ったのですが、その後も著者は毎年、偲ぶ会を開催してくれている。そして、故人の生前には知り合いではなかった者同士が毎年集っているうちに、今やほとんど親戚のような感覚になり、一緒に旅行にまで行くようになったではありませんか。
これは本書に記される「拡張親族」の感覚と通じるものがあります。タナカヒロカズさん達は、年齢も居住地も職業もバラバラですが、同姓同名というだけで、家族的な親しみを持つようになっていきます。それがどんなきっかけであれ、コミュニティを作り、持続させることによって生じる熱を著者は信じているのであり、偲ぶ会の関係性もまた、同じようになっているのでした。
そんな同姓同名効果は、どのようにして生まれるのか。著者はタナカヒロカズ共同体を広げると同時に、「名前」そのものについての考察を、深く掘り下げていきます。名前は「自分が所有する物」ではないという観点には、再び膝を打ちました。
著者がジャズピアニストの酒井順子さんと私をつなげてくれたのも、だからこそ。普通に生きていたら、ジャズピアニストの酒井順子さんと私が知り合うことは、決してありません。しかし著者は、同姓同名同士で集まることの喜びを日本で一番よく知る人であり、その喜びを、他の名前の人とも分かち合いたいと思っているのです。
人をつなげて共同体を作るという著者の役割は、これからますます大切になることでしょう。家族や地域共同体といった昔ながらのつながりが消えつつある時代だけれど、だからといって人は一人でいたいわけではない。古い共同体に代わる新しい結びつきが求められるからこそ、コミュニティ・マネージャーは必要とされ続けるのではないか。
タナカヒロカズ運動が発展していった結果、とうとう長年勤めていた会社を辞めて、他二名の田中宏和さんと共にタナカヒロカズカンパニーを設立した著者。タナカヒロカズ同士による新たな事業が、そこからは誕生しています。たまたま同じ名前、という偶然性がもたらす可能性は驚くほどに広いことを、田中宏和さんはこれからも、世に示し続けていくに違いありません。
(さかい・じゅんこ エッセイスト)