書評
2025年8月号掲載
それは1995年、スピッツの名曲とともに始まった
加藤ジャンプ『ロビンソン酒場漂流記』(新潮新書)
対象書籍名:『ロビンソン酒場漂流記』
対象著者:加藤ジャンプ
対象書籍ISBN:978-4-10-611093-1
駅や繁華街から離れた、おおよそ商売むきとは思えないところで長い間やっている酒場をロビンソン酒場と呼んで訪ねている。ロビンソンというのは孤島で生き抜いたロビンソン・クルーソーのイメージである。都会の海で生き抜く酒場、というくらいの意味だ。
ロビンソン酒場という名前を思いついたのは、もう30年くらい前のことらしい。この間、実家の整理をしていたら、昔の手帳が出てきて「ロビンソン酒場」と書いてあった。手帳というのは、いろいろ思い出したくないことも書いてあるので、他の物と一緒に処分した。ただ、このページだけは破いておいたつもりが見つからない。
スピッツというバンドがそこまで有名になる前、横浜のUHF局、tvkで時々彼らのコンサート情報のCMが流れていた。音楽は彼らの「夏の魔物」という曲だった。CMではサビの部分しか流れないので、私はその歌のサビだけ覚えて、よく風呂場で熱唱していた。
会いたかった 会いたかった……
と、リフレインするその歌は、誰に会いたいわけでもないのに、いつか会える誰かに会いたいような心持ちにさせてくれた。今ではすっかり酒まみれのおじさんにも、そんな二十代があったのだ。
しばらくして、スピッツは「ロビンソン」で大ブレークした。1995年のことだ。この歌も大好きで今もよく風呂場で熱唱している。
この曲が日本中で流れまくった1995年、私は大学院の一年目で、大学に行っても、学部時代の仲間の多くは卒業し、人は大勢いるのに、なんだか大学全体がスカスカになったような気がしていた。
それまでも一人で呑むことはあったが、その気楽さと丁度良い孤独の楽しさに目覚めたのもこの頃だ。そして、友人と呑みに行く回数が減ったぶん、定期券で行ける、ほかに縁もゆかりも無い駅で下車して酒場を探すようになった。たぶん、それがロビンソン酒場漂流の本当のはじまりだ。
その頃私は、携帯電話はおろかピッチと呼ばれていたPHSも持っていなかった。リング状の針金で綴じられた小さい首都圏地図を片手によく徘徊した。手帳に「ロビンソン酒場」と何の気なしに書き込んだのもその頃だろう。ロビンソン・クルーソーと、歩く時の心細さと切なさから「ロビンソン」の曲のイメージもあったのだと思う。
そうして出会った酒場たちを、いま連載エッセーを書くことで再訪している。代替わりも多いが、女将や大将がずっと現役で活躍していることもある。再会は嬉しい。そんなに覚えていなくても嬉しい。で、ロビンソン酒場に来ているのに、私の脳内で流れる音楽は、「ロビンソン」ではなく、必ずといっていいほど「夏の魔物」のサビなのである。
(かとう・じゃんぷ 文筆家)