書評
2025年9月号掲載
もうちょっと先まで行ってみよう
はらだみずき『されどめぐる季節のなかで』
対象書籍名:『されどめぐる季節のなかで』
対象著者:はらだみずき
対象書籍ISBN:978-4-10-335553-3
本題に入る前に、最近世間を騒がせている「米騒動」から考えたことを少し。米はJAが農家に前渡金を払うという委託販売で成り立っています。それを聞いて、かなりよく似た仕組みが出版業界にもあることにピンときました。
出版社が仕上げた本は取次(問屋)に持ち込まれた時点で「売上」が成立し、4か月後の返品による相殺を待たずに全額支払われます。売れない本は返品され、取次から版元に逆の売上が請求されます。出版社の手元には売れ残った本の山と取次からの請求書が残され、出版社としては売れる本を作って取次に運び込む事で資金繰りを繫ごうとしているのです。これが出版不況と言われながらも、毎日大量の新刊書籍が発行され続ける仕組みです。
これに対して書店です。問屋によって書店に配本された本はその月末の売上として計上され、全額、翌月末には支払わなくてはなりません。入荷した先から飛ぶように売れる本なんかありません。平均で6割しか売れない本を店頭に並べることは、無駄な仕入れをしているのと同じです。こうして地方の書店は、支払いの過重と返品の運賃の高騰に苦しむのです。配本に頼らず、売れる本のみを仕入れ、読者からは先払いで代金を頂き、返品を減らせないか。これが僕が始めた「一万円選書」の真髄です。
「一万円選書」は読者と書店が勝手に薦める「面白本の教えっこ」です。たくさんある新刊(既刊ももちろん)の中から限られた店頭に積まれるべき本、選書のリストに入れられるべき本を読者と本屋が一緒になって選び出す仕組みです。大量の新刊のデータに目を通し、「これは!?」と気になった本を発注するのですが、『やがて訪れる春のために』を見つけた時は「なんてステキな題名だろう」と思いました。さっそく仕入れて読了し、すぐに追加を発注しました。読者のみなさんの反応も良く、発売以来3年がかりで1928冊を売り上げる事が出来ました。豪雪・過疎地の零細書店が面白いように売上を伸ばし、文庫化が決まった時は本当にうれしかったのです。しかも文庫の解説まで書かせていただきました。解説といってもほとんどが「一万円選書」といわた書店のPRで、文庫の巻末で宣伝をさせていただいたようなものです。おかげさまで文庫版は3年で2360冊まで売り伸ばしています。その流れで、続編である本作の書評の依頼があったというわけです。
『やがて訪れる春のために』も、『されどめぐる季節のなかで』も、その大テーマは「認知症」であり「老い」です。問題は、人生の最終局面、アディショナルタイムをいかに生き抜くか? なのです。色んなことがありましたが、今では僕も立派な高齢者です。思い返すと、フィジカル面のピークは38歳くらいではないでしょうか。大した休息もとらずに長時間、働き、遊ぶことが出来ました。父親から経営を引き継ぎ、融資を受けて店舗を改築し、……そうしてバブルが弾けました。必死で借金を返し続けるだけの暗黒の四半世紀の始まりでした。あの手この手を繰り出しても好転しない売上。先の見通せない日々でした。「一万円選書」も始めてからしばらくは鳴かず飛ばず。7年目にテレビの深夜番組で取り上げられ、ネット上で話題となり、注文が殺到しました。2018年にはNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で取り上げられ更に話題となりました。
『やがて訪れる春のために』の中で「だれだって忘れることはあるでしょ(中略)忘れることがそんなにわるいこと?」と訴えるハルの言葉は孫の真芽の胸に刺さります。一番不安の只中にいるのは本人です。家族だからこそぶつかり合う気持ち。
どうしてわかってくれないの?
どうしてそんなことができないの?
かつてのしっかりとした姿を知っているだけに、家族には余計に辛い日々なのです。
施設の食事がおいしくないと言うハルを認知症による味覚障害だと思って苦々しく聞き捨てていた家族。しかし「里芋が里芋の味がしない」というハルの言葉から、真芽にはカフェの庭の再生に取り組んでいる過程でぶつかる農薬・肥料・種苗の問題が見えてきます。そして自分がどういうカフェをやりたいのか、道を見つけていくのです。
僕もこの歳になって、やりたかった「本屋」に少しずつですが、やっと近づけた気がしています。年を取ると、なにか成果が見えてくる反面、出来ない事、諦めなくてはいけない事も見えてきます。人は自分の人生をしか生きる事は出来ません。うちは田舎の小さな店なので、都市部の大型店のような事はできません。少ないお客様のことを考えて、僕にできる事を少しずつやってきたら、今では「僕にしか出来ない仕事」と言われるようになってしまいました。僕は何か不思議なご縁があって読者の方々に、いわた書店を発見してもらったのだと思っています。
さあ僕の人生というゲームもいよいよ最終局面。世界は驚きに満ちていて、明日は何が起こるか判りません。心細いけれど、もうちょっと先まで行ってみよう。この本は歳を重ねることは美しいと思わせてくれたのです。
(いわた・とおる いわた書店店主)