書評
2025年9月号掲載
気づけばトラックに追われていた
石神賢介『おどろきの「クルド人問題」』(新潮新書)
対象書籍名:『おどろきの「クルド人問題」』
対象著者:石神賢介
対象書籍ISBN:978-4-10-611096-2
運転中、嫌な汗が滲んだ。埼玉県川口市、伊刈近くの交差点で。ミラー越しに後方から迫る大型車が見えた。車間距離はほぼない。ぴたっと付く“ケツピタ”というアオリ運転だ。この数分前、コンビニの駐車場にいた荷崩れしそうなトラックをつい撮影したところ、外国人運転手に怒鳴られて追われることになったのだ。
最初に川口入りしたのは2024年9月――。
「川口で暮らしてクルド人問題を取材しませんか?」
編集者からの提案で17年落ちの愛車に服や資料を積み込み、外環自動車道を東へ飛ばした。市民に近い気持ちで取材するため、一時的に“住む”というミッションを課せられたわけだ。
クルド人は2000年代から川口に増え、今は3000人ほどが暮らしている。多くが難民申請中だ。が、審査中、入管の判断で仮放免とされると、川口で暮らし、働き、事件やトラブルを起こす者もいる。
2023年にはクルド人対クルド人で100人規模の暴動が勃発。頭や頸を刺し、地面は血で濡れた。機動隊も出動。自治体運営の総合病院の救命救急対応が5時間半停止した。2024年は無免許運転のひき逃げで死者が出た。未成年女子へのレイプ事件も起きている。最近、学校教師の子供への性犯罪が大きく報じられているが、こちらの事件への注目度は不思議なほど低い。
日常的に道ばたでナンパをし、コンビニの駐車場で放尿する者、公園のトイレで行為に及ぶ者もいる。令和の日本では珍しい、数々の事例を地元で聞くたびに、おどろくばかりだった。取材の成果をまとめた拙著、『おどろきの「クルド人問題」』のタイトルはここからつけたものだ。大手メディアは、この問題の報道にとても消極的だ。
日本人の間では、反クルド派と親クルド派の激しい対立も起きている。互いが罵りあっている。市長への殺害を予告した者までいる。
クルド人が解体業を営む地域で、彼らと朝食をともにしたときのことだ。彼らは思いのほか人懐こい。片言の日本語でニコニコ話しかけてくる。お茶を入れ世話を焼いてくれる。生まれ育った山の暮らしを川口で悪気なくやっていると想定すると、コンビニや公園での迷惑行為もつじつまが合う。文化の違いが大き過ぎるゆえの悲劇だろうか。
取材を進めると、クルド人なしでは人手が足りない解体業の現実、彼らに土地や住居を貸与することで経済的に救われている住民がいる現実も見えてきた。白か黒か、単純に判断はできない。
市長や市議は、在留資格のない外国人は母国へ帰し、在留資格を持つ外国人とは共生の道を探るべきと主張する。正論だ。しかしそれを阻むなにかが、この街では見え隠れする。
(いしがみ・けんすけ ライター)