書評
2025年11月号掲載
結ばれても、結ばれなくても、特別
君嶋彼方『だから夜は明るい』
対象書籍名:『だから夜は明るい』
対象著者:君嶋彼方
対象書籍ISBN:978-4-10-356491-1
高三の夏の終わり、僕は近所のスーパーでアルバイトを初めてやることになり、そこで出会った後輩の男の子に生まれて初めて恋に落ちました。それまではずっと野球部にいて、浮いた話もなく、周りの色恋をバカにして笑っていました。そんな僕が初恋に浮かれて「好きなひとができた」「相手はバイト先の男の子やねん」と話すと、「なんやねんお前」「木田男好きなん」「それって本気で好きなん?」と、これまで周りに向けてきた嘲笑いがすべて跳ね返ってきました。かつて恋人ができて浮かれている友人に「今はそんな好きやのにまた速攻で別れたらおもろいなあ」と言い放って思いっきりビンタされたことがありましたが、その友人からはここぞとばかりに「気持ち悪」と言われました。僕もわざわざ男の子を好きになったと吹聴して回るような性格ですので、ツケが回ってきたな、と受け止める所は受け止め、反撃する所は反撃する、という姿勢で過ごしていました。
僕は、その子に「好きです」と気持ちを伝えていたのですが、彼は「僕は男の人好きではないけど、一緒にいるのは楽しいから仲良くするのはいいよ」と言ってくれて、本当に嬉しかったのを覚えています。「一緒におっていいんかい、ほんで楽しいって思ってくれてんのかい」と思いながら、実際ふたりで東京旅行に出かけたり、後輩君の近所の公園で朝まで話したりと、かなり心の距離を密にすることができました。彼の中で他の友人と違うほど近い距離感になれるのは、「俺なりの特別や」という感じがして非常に幸せでしたが、それと同時にいつか彼にできるであろう「彼女」という存在に恐れを感じていました。
僕がここまで努力して築き上げた関係より、そんな努力もせずに易々と元から世間にある「彼女」という「特別な」枠に収まる存在に耐えられるわけない、いや、そんなこと認めない、と感じていました。それは杞憂で終わらず、数年後に後輩君には彼女ができました。気持ちのブレーキが利かなくなった僕は「じゃあふたりで過ごした時間とか、一緒にいった東京旅行とかは意味なかったってこと?」と泣きながら電話しました。すると、後輩君から「彼女は彼女やし、木田さんは木田さんやで。どっちも大事」と言われ、その言葉にとても救われたということもありました。
その後、僕は東京に出てきて、友人に誘われてお笑いを始め、縁あってマセキ芸能社に入ることになりました。今度は専門学校時代に出会っていた女の子に告白して8年間付き合い、結果的には別れてしまい、お笑いができなくなるほど落ち込むことになるのですが、ここでは割愛させていただきます。
君嶋彼方さんの『だから夜は明るい』は、柏木文也と西澤祥太という男性ふたりが出会い、カップルとして日々を送っているところから始まります。文也はゲイ、祥太はノンケという状態で出会い、そこからなぜ惹かれたのか、付き合った先に何が起こるのか、ふたりの友達や両親、ゲイバーのママの視点を借りながら、その恋の行方を丹念に描いていきます。
僕が特に感情移入したのは、宮川くんという男の子でした。彼は、小説の中では主人公ではなく、文也と祥太というカップルを脇から見守る存在です。この子は不特定多数の相手と体の関係を結ぶような性に奔放な子ではありますが、一方で文也と祥太のような恋人という特別な関係に反発しながらも少し憧れているような、そんな子です。
宮川くんは、自分自身を素直に見てくれる祥太に対して「特別だ」という気持ちを抱きます。しかし祥太に彼女ができることで、自分は特別にはなれないんだと感じてしまいます。その後、祥太は彼女と別れることになるのですが、続いて祥太は、宮川くんが存在も知らなかった文也と付き合い始めます。そこで宮川くんはさらなるショックを受けてしまいます。作中では、文也と宮川くんが穏やかに言葉でぶつかるシーンがあります。
祥太にとって特別なのは、恋人の文也だけだ、という思いをそのままぶつけてしまう宮川くんに、文也がとても優しい言葉をかけます。僕はその言葉に心底救われるような、温かい気持ちになりました。ある人を純粋に見て、素敵だと感じること。そして、相手にも素敵だと思ってほしいと思うこと。周りから応援されなくても、世間から認められなくても、たとえ恋だと思ってもらえなくても、誰かのなかで「特別」だと思ってもらえること。それは人生にとってかけがえのない体験なんだ。そう強く思わせてくれる、素晴らしい小説でした。
(ガクヅケ キダ お笑い芸人)


