書評
2025年11月号掲載
私の人生を狂わせた愛しき怪物たち
吉川圭三『人間・明石家さんま』(新潮新書)
対象書籍名:『人間・明石家さんま』
対象著者:吉川圭三
対象書籍ISBN:978-4-10-611103-7
テレビ屋の私にとって本業の他に生きる糧になったのが「本と映画」である。学生時代は頑固な映画監督志望であったが、父が大島渚監督に出会い「吉川さん。これからはテレビが面白くなるよ」と言われ、息子はテレビ屋となった。その頃のテレビは熱気を孕み狂乱とカオスの状態にあった。
日本テレビ入社10年後の1992年、私はある“怪物たち”と出会う。夏の「24時間テレビ」への協力要請のためにスタジオジブリに行った。大ヒット中の映画「紅の豚」の人気に便乗しようとしたのだ。不敵にも「紅の豚」号と称する青森のねぶた祭りの様な立体バスの自筆のイラストを持って夜半に訪問。対応したのが不思議なエネルギーを放つ鈴木敏夫氏だった。アニメ界の怪物プロデューサーである。鈴木さんは私の描いた豚バスの画を前に煙草をスパスパ吸いながら貧乏ゆすりを始めて黙ってしまった。許諾を得るまで帰れないと思いテコでも動かぬ構えの私としばし沈黙の睨み合いになった。
そこにもう一人の怪物、宮崎駿監督が現れた。宮崎さんは煙草に火を点けて私のイラストを一瞥するとフハッとひと笑いし何処かへ行ってしまった。ここに来て鈴木さんも“仕方ない”と腹を括り実現した。
その不思議な出会いから読書好きで映画狂の私は用もないのに鈴木さんと度々歓談する様になり、ある日、呪いをかけられた。
「吉川さん。そんなに映画と本が好きなら“熱風”に映画論を書いて下さい」
「熱風」はジブリの刊行している月刊の小冊子である。ただ鈴木さんらしくその凝り様は半端ではなかった。この映画論の連載に私は翻弄された。何千本もの映画をレンタルし毎月の打ち合わせには編集長、出版部長が同席する。全く手が抜けない。プロデューサーとは呪いをかける人なのだと思った。連載は大変だったが文庫化もされ、私はこれで文章を書く喜びを知ってしまったように思う。
テレビ屋の仕事の醍醐味の一つは、怪物と出会えることである。そして鈴木さん以上に、私の人生に大きな影響を与えた怪物が、明石家さんまさんだ。つきあいは35年にわたる。「お笑い怪獣」としての顔を知る人は多いが、楽屋やオフでの顔を知る人は少ない。それを記録しておくのは、自分の責務なのではないか。そう考えて書いたのが、新著『人間・明石家さんま』である。
楽屋、スタジオ、ロケ先、オフの旅行先……カメラの回っていないところでも、さんまさんを見続けてきた。人間としての彼は、お笑い怪獣と同じかそれ以上に魅力的だ。本人に了解して貰うのにも、執筆にも相当な時間を費やしたが、その甲斐はあったと思う。怪物でありながら、とびきり魅力的な人間が教えてくれた、仕事への向き合い方、人との接し方、人生の楽しみ方が少しでも伝われば嬉しく思う。
(よしかわ・けいぞう 映像プロデューサー)


