対談・鼎談

2025年12月号掲載

『池上彰が話す前に考えていること』刊行記念対談

池上さんと村上さんが話す前に考えていること

池上彰 × 村上信五

SUPER EIGHTのメンバーで、司会者としても活躍する村上信五さんは、池上彰さんの新刊をどう読み解くのか。これまで何度も共演してきたお二人。実は意外な共通点もあり──。

対象書籍名:『池上彰が話す前に考えていること』
対象著者:池上彰
対象書籍ISBN:978-4-10-476202-6

池上 村上さんとは何度も共演させていただいていますが、今でも印象に残っているのはビートたけしさんとご一緒した時のこと。

村上 27時間テレビですよね、よく覚えています。まだコロナ前だったなあと。

池上 初対面で感心したんですよ。村上さんの場を回す力が素晴らしかった。

村上 ええっ、本当ですか。僕は当時30代半ば、総司会を務めるたけしさんが70歳くらいでしたから年齢はダブルスコアです。内心ドキドキしっぱなし。

池上 たけしさん、ときどき“暴走”するでしょ(笑)。そこへ村上さんが絶妙なフォローを入れる。ボケを受け止めつつも、さりげなく身をかわして話を前に進めていました。

村上 うわ、池上さんにそんな風に言っていただけるなんて光栄です。そんなのぜんぜん自覚がなかったですけど、お二人に話していただきたいトピックスは山のようにありましたから、番組を進行していくアテンダーのような役割はしっかり果たさなければと意識していました。

池上 ややこしいジジイ二人をなだめながら、実に立派でしたよ(笑)。

村上 いやいやいや。そんな畏れ多いことを……。スタジオに入る前、池上さんと初めてご挨拶して、「裏表がない人やなあ」と思いました。椅子に座っていらっしゃったのに、パッと立ち上がって丁寧に挨拶してくださって。だから、そのあとすごくお仕事しやすかったんです。僕、「小童が知ったような口をきいて、“そうじゃない”ってお叱りを受けるんじゃないか」とか、勝手に心配して萎縮してしまうようなところもあるんです。でも池上さんには、たとえ自分が知識不足でも、質問をしたらきちんと答えていただけるだろうなという安心感を抱きました。先にそういう空気をつくっていただけたことがありがたかった。そうでなければ、相手のお腹を探りながら進行せざるを得ないですからね。

池上 村上さんは「わからないので教えてください」と正直に言えちゃうタイプ。そういうところも強みの一つでしょうね。知らないことを「知らない」と言うのはけっこう勇気がいることですから。11月に出る『池上彰が話す前に考えていること』にも、「知ったかぶりしない」という項目が……。

村上 ありましたね、知ったかぶりは相手にバレると。これ、僕自身もめちゃめちゃ思っていること。ご本を読ませていただいて、他の項目も共感しかなかったです。「これ、そうですよね!」って。

池上 この本には、私自身の苦い経験から得た学びも詰まっておりまして(笑)。たとえば新人記者時代、落語の大御所のところへ「とにかくすぐ取材に行け」と言われたんです。今ならネットで調べられるけど、当時はそんなものありません。予備知識ゼロで駆けつけたものの、あまりに相手に失礼なので、あたかも知っているかのようなフリをしました。あれはつらかったなあ……。薄々気づかれていたと思います。

村上 そればっかりは仕方ないですよね。さすがに間が持たないですもん。自分自身、これまで山ほど「知ったかぶり」をしてきました。きっとお相手にもバレていたと思うし、「あ、俺いまウソついた」って苛まれる。その小さいウソを隠すのにさらに労力を割かないといけないわけですから。

池上 何もわからないんです、って最初に言えればラクなのにね。

村上 そうなんです。その一言があれば皆さん、教えてくださいますから。そこに行き着くまでに時間がかかりました。僕、23、24歳の時に本格的に東京で芸能活動を始めたんですけど、土地勘もないし文化もよくわからなくて。そのあたりからです、「知らん、わからん!」ってハッキリ言えるようになったのは。ずっと大阪にいたら、知ったかぶり期間はもう少し長引いていたかもしれない。

しくじりは無駄にならない

池上 ところで村上さん、小さい頃は恥ずかしがり屋だったそうですね。

村上 そうなんですよ。あかんたれ(泣き虫)で、幼稚園に行くにも恐る恐る。母の後ろに隠れたりなんかして。

池上 私はというと小学校、中学校に上がっても引っ込み思案で女子生徒と気軽に話なんかできませんでした。大学時代のガールフレンドには「あなたの話ってホントつまらない」ってそっぽを向かれたり。

村上 あ、そのエピソードは新刊にも書かれていましたね。

池上 トラウマものです(笑)。シャイで口下手だという自覚がありました。でも、仕事を始めたらそんなことは言っていられません。記者1年生はまず地方に赴任してサツ回りから始めます。毎日欠かさず警察署の刑事デカ部屋へ行って、コワい刑事たちにジロリと睨まれながらも、とにかく話をしなきゃならない。

村上 そこは僕にも共通する部分かもしれないです。根が恥ずかしがり屋でも変わらざるを得なかった。この業界に入って喋らなきゃいけない状況に置かれたから、多少はそれらしく動けるようになっただけなんです。
 若い頃って皆、「ホントの自分」が好きじゃないですか。ホントの自分はこうじゃない、こんな仕事をするなんて自分らしくないって葛藤したり。でも、ホントの自分なんてそんな若いうちからわかるものなんでしょうか。環境が変わればいくらでも変化できるんちゃうかなって思うんです。

池上 良い意味でも悪い意味でも「環境に抗うすべはない」んだよね。私は社会部の記者時代、あれをリポートしろ、こんな番組をつくってみろと命じられると、「そんなのできそうもない」って尻込みしていました。能力も経験もないですからね。でも、「いや、待てよ。ここで踏ん張れば自分の成長に繫がるかもしれない」と考え直して、あえてちょっとだけ背伸びするようにした。すると、それをやり遂げた時に「自分はここまでできるようになった」と自信に繫がったんです。

村上 めちゃめちゃわかります。その一歩を踏み出せるかどうかが大切なんやと思います。そこで躊躇してしまう人は多いから。

池上 若い頃の積み重ねはあとになって活きてくるんですよね。だからこそ、勇気をもって一歩前へ。

村上信五

村上 まさに「たくさん恥をかく」ことの大切さですね。僕、いまだに「上手いこと喋れたな」とか思うことはないです。自分で「上手く喋れたなあ」っていくら思っても、果たして本質の部分が相手に伝わっているか。ほとんど伝わっていないんやろな……と反省することのほうが多くて。伝えるってつくづく難しいことだと思います。

池上 上手く話せたって自分で思ったら、そこで成長が止まってしまうのでしょうね。私にとってテレビは「出る」もの。時間がないので「観る」ことはなかなかできません。だけど、後から「ああ、収録のあの時ああ言っておけばよかった。こうしておけばよかった」とあれこれ思い出すこともあります。恥ずかしくなっていたたまれなくなったりね。

村上 言葉のニュアンスがちょっと違ったかなとか、あそこは間違えたなとか。でも野球でいえば、まったく同じ打席は回ってこないし、同じ球は二度とこない。だからミスしても落ち込むんじゃなくて、次に似たようなシチュエーションを迎えた時にしっかり対応できるようにしよう、と前向きに考えるようにしていますね。

池上 「しくじりは無駄にならない」んです。

村上 またしても格言が! 本当にそう思います。学ぶということは続けていきたいです。
 池上さんは情報整理能力がむちゃくちゃすごい。そもそも入っている知識の量が違うし、膨大にある引き出しの中からの言葉のチョイス、アウトプットする順番と、とてつもないスキルをお持ちです。それに加えての説得力。どれも過去に培われた経験に裏打ちされているんやと思います。たとえば「凄惨な事件だった」って言うじゃないですか。これって実際に足を運んで取材したかただからこそ言えること。僕がポンと使っても薄っぺらさがすぐにバレると思うんです。“ガワ”の部分はコピーできても、中身が伴っていないから。だから安易に真似はしません。

「ヤバい!」のヤバさ

池上 真似はしない。だけど学び続ける。先ほどから描写力、表現力がすごいなあと思いながら聞いております。

村上 ちょっとは腕が上がりましたかね(笑)。この流れで思い出したのが、ご本のなかにあった「慣用句に逃げない」。僕より下の世代のかたにも役立つだろうなあと感じました。詰め込み型の勉強が得意なタイプって、引用も含めて「これを言ったら賢くみえそうだな」という表現方法を使いがちだと思うんですけど、池上さんが書かれているとおり、ちゃんと自分の中に落とし込んだものを自分の言葉で喋れているのかという部分のほうが大事じゃないかと。難しい慣用句を、ちょっと背伸びして練習で使う分にはぜんぜん構わないと思うんですけどね。

池上 私はよく「手垢のついた表現」と言っているんです。

村上 「嬉しい悲鳴」ですとか。

池上 そうそう。最初に思いついた人はすごい感性の持ち主だと思います。けれど、今はありきたりの表現だったりしますでしょ。

村上 無理やりオリジナリティにこだわって造語を生み出せばいいという話でもないんですけど、たとえば何でもかんでも「ヤバい!」の一言で済ませるのは……。

池上彰

池上 それこそ「ヤバい」ですよね。ポジティブなこともネガティブなことも、あらゆることが表現できてしまう。たとえば村上さんみたいなイケメンをみて「ヤバい!」って言いますよね。もちろん良い意味で使っているわけです。ああ、なるほど、あまりにも素敵な相手に出会って、思わず吸い寄せられそうになる自身の心の揺らぎを「ヤバい」と表現しているのか──。初めて聞いた時にはとても新鮮だったんですけど、そのうちに皆が使い始めて。

村上 僕自身、スラングというか、池上さんが仰るところでの「手垢のついた表現」は使わないように気をつけています。明らかにジョークとして受け止めてもらえる場面でしか言わないですね。日常の積み重ねって、ふとした瞬間に出てしまうじゃないですか。それは、いざという時に隠せないもの。言葉に気をつけているうち、自ずと所作も変わってくるんじゃないかなって。

池上 所作だなんて懐かしい言葉が。本当に、言葉遣いによって人の佇まいって変わりますよね。同感です。

村上 あえて崩すこともありますしね。正論ばっかり言っていると説教臭くなってしまうから。それから、「完璧主義は脇におく」。これにはハッとさせられました。僕、今年の4月に『半分論』(幻冬舎)という本を出したんですけど、このなかでまさに自分が書かせていただいた部分だった。

池上 読みましたよ。お忙しいのによく書かれましたね。

村上 ありがとうございます! これまでの経験を土台に「こうやって思考するようになった」というエッセンスをまとめてみたんです。僕らは百点満点をとるように学校教育を受けていますし、人前に出てパフォーマンスする時にも常に完璧を求められます。それに応えるために全力でリハーサルも積みますけど、その結果、万一上手くいかない部分があったとしてもクヨクヨしない。ゆっくり長く努力を続ける。僕、すごく嬉しかったんです、「あ、池上さんも同じ感覚で仕事に向き合っていらっしゃるんだ」ってわかったから。

池上 私も村上さんの『半分論』を読んで、私と表現の仕方は違うけれど、考えていることの趣旨は同じなんだなと感じました。

村上 ほんまですか。嬉しいなあ……。他にも刺さるポイントが多すぎて、読みながらページの角をたくさん折っているんです。「“真実を伝える”という言葉は嫌いです」。これも胸にズシンと響きました。僕なりの解釈ですけど、インターネット、とくにSNSの台頭とともにフェイクニュースという言葉が生まれた。コロナ下では陰謀論も流行りましたよね。その対極として「真実とは何か」と疑問をもつ人が増えた気がします。新聞やテレビの報道よりも、ネットで辿り着いたマイノリティの発信をみて「より真実に近づいたぞ」って喜ぶ風潮もあった。
 池上さんはご自身で取材されているからこそ、いくつもの「点」を「線」に繫ぐことができるけど、局所的な部分だけ追っている人って「点」が少なすぎて、「線」に繫ぐことが難しいんちゃうかと思うんです。ましてや真実に辿り着くことなんて、生きているうちにできるのかなって。

池上 真実なんて「神のみぞ知る」ですよね。人間にはわからない。事実を必死に集めることはできても、拾い集めた事実をどう組み立てるかによって出来上がる形はまったく違うものになるんです。仮に真実というものがあって、それが銅像の形をしているとしましょう。この銅像を形づくる破片を集めることなら私たちにもできるけど、その破片の組み立て方によって銅像の完成形はまったく違うものになる。だから「これが真実だ」って高らかに宣言するんじゃなくて、「少しは真実と呼ばれるものに近いのかな?」という気持ちで追求するのが我々の仕事だと思っています。

村上 さっきの「完璧主義は脇におく」というところにも繫がりますよね。100パーセントの真実なんてあり得ない。

池上 そう。頑張って100パーセントを目指さなきゃいけないんだけど、できるわけがないんです。テレビの番組企画で「○○の真実」というタイトルでやりましょう、と提案されることもありますが、「ごめんなさい。“真実”というのはやめてほしいんです」といつもお願いして変えてもらっていますね。

村上 キャッチーにしたい意図はわかりますけど、エンタメ色を強くすることが手段じゃなく目的になっては本末転倒ですよね。ニュースの本質をみんながちゃんと理解できることが一番大事なんじゃないかなあ。

丸5日間、缶詰に

池上 ところで、村上さんは読書家でいらっしゃるそうですね。

村上 読書家だなんて、そんな。池上さんに比べたら100分の1も読んでいないですけど、読むのは好きです。趣味ですよね、知らなかったことを学べるのが楽しい。取っ散らかっていますけど、今読んでいるのは『国家はなぜ衰退するのか』(ハヤカワ文庫)。地政学の本です。

池上 ああ、作者がノーベル経済学賞を受賞しましたよね。

村上 2年くらい前まで地政学についてまったく知識がなかったんですけど、ふとしたきっかけで本を読んでみたら「何これ、めっちゃおもろい!」と驚きまして。それで、ラジオ番組「村上信五くんと経済クン」(文化放送)のゲストに、シンガポール国立大学で教鞭を執られている田村耕太郎先生に出ていただいたんです。今年のGWには、田村先生の集中講義も受けさせてもらいました。特別にオンラインで繫いでいただいて、丸5日間、自宅で朝から晩まで缶詰になりました。それまで講義というものを受けたことはなかったので……車の運転免許を取って以来、初めてかもしれないです。

池上 さすがですねえ、常に体ごと新しいことにぶつかっていって。こうやって成長していくんだよね。

村上 これまでほんまに勉強してこなかったので、贖罪の如く「勉強せな!」って。ええ感じに皆さん褒めてくださるから「そのイメージに追いつかなアカン」って無理くり勉強しているところもあるのかもしれないです。地政学は、地理から経済、歴史、文化、宗教、民族までが重なり合っているので、「全部かい!」って(笑)。

池上 どんなすきま時間を読書に充てているんですか。

村上 池上さんと一緒で移動のタイミングが多いですかね。まさに「長距離移動はチャンスタイム」です。飛行機、新幹線に乗る時には絶対に本は持ち込みます。収録の合間に読むこともありますしね。逆に、今日は何時から何時まで読書に充てるぞ、ということはないかなあ。

池上 なかなか読めないですよね。時間の使い方で言うと、私はSNSをやらないんです。そこで他人の悪口を読まされても仕方ないから。オンラインの時間を短くして、スマホにもなるべく触らないようにしています。

村上 時間泥棒ですよね。新聞は読みますけど、僕もネットニュースからは距離を置いています。入浴中、息抜きにスポーツ名場面集のようなネット動画を観ることはありますね。

池上 私も寝る前、犬や猫のかわいいショート動画をよく観るんですよ。最大の癒しです。息抜きに、30分くらいのつもりがだいたい1時間くらい観ちゃうんだけど……。

村上 おんなじです。僕も家のリビングでたき火の動画を流してます。

池上 いいですよねえ、たき火がひたすらパチパチと燃える様子だけを流している動画。眺めていると心落ち着くんですよね。

村上 池上さん、わかってくださるんですか(笑)。これが伝わったの、櫻井翔君以来です。

池上 いつも頭をフル回転させているから、どこかでクールダウンさせる必要があるということですよね。

村上 うわ! まさにそうです。仕事が終わっても妙に頭が冴えてしまって。そのまま帰宅して何か作業しちゃうとリラックスする時間がなくなるので、翌日の仕事のことを考えても非効率やなと思うんです。だから、あえてスイッチを切るように意識しています。大層なことは何もしてないですけどね。

池上 まさに「“時間泥棒”ともたまには仲良く」しないとね。

(むらかみ・しんご)
(いけがみ・あきら)

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