書評

2025年12月号掲載

宮島未奈『成瀬は都を駆け抜ける』刊行記念特集

成瀬あかりシリーズ、感動の大団円

宮島未奈『成瀬は都を駆け抜ける』

大森望

対象書籍名:『成瀬は都を駆け抜ける』
対象著者:宮島未奈
対象書籍ISBN:978-4-10-354953-6

「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」
 いまやあまりにも有名になったこのセリフとともに成瀬あかりがさっそうと登場したのは2021年の春。彼女が主役をつとめる宮島未奈の短編「ありがとう西武大津店」が、第20回「女による女のためのR-18文学賞」で史上初のトリプル受賞(大賞、読者賞、友近賞)を果たし、「小説新潮」2021年5月号に掲載されたのである。
“成瀬あかり史”を語る短編シリーズはここから始まる。幼稚園時代は誰よりも早く走り、小学5年の時は「シャボン玉を極めようと思うんだ」と宣言して、地元テレビ局の平日夕方の帯番組「ぐるりんワイド」に天才シャボン玉少女として出演。コロナ禍の2020年8月には、月末で閉店する大津市唯一のデパート「西武大津店」に通い、毎日「ぐるりんワイド」の生中継に映り込むことを目指す。
 その後も、お笑いの頂点を極めるべく親友の島崎と漫才コンビ「ゼゼカラ」を結成してM-1グランプリを目指したり、膳所高校かるた班に入り滋賀県代表として百人一首の全国大会に出場したり、成瀬の快進撃は止まらない。
「◯◯を極めようと思う」と毎度のように突拍子もないことを宣言して我が道を突き進みながらも、いつも自然体で気負わない。そんな彼女のウェイ・オブ・ライフは幅広い読者の共感を呼び、成瀬あかりは名実ともに“令和最強のヒロイン”の地位を確立した。それどころか、21世紀の『赤毛のアン』になる日も近い──と思っていたのだが、意外にも、3冊目に当たる本書『成瀬は都を駆け抜ける』で、このシリーズにすぱっと幕が引かれるという。
 前作『成瀬は信じた道をいく』で語られたとおり、成瀬あかりは2025年4月、京都大学理学部に入学。それと同時に任期1年のびわ湖大津観光大使に就任した。本書はそれを受けて、タイトルの通り主舞台を大津から京都へと移し、2025年4月から2026年3月まで、成瀬が京都大学1回生だった1年間の出来事を描く短編6編を収録する(前半の3編は「小説新潮」掲載、後半3編は書き下ろし)。この巻の成瀬の目標は“京都を極める”こと。
 ちなみに私も京大出身なので、前作で成瀬が京大に合格した時は、小さい頃から成長を見てきた親戚の子どもが大学の後輩になったようなうれしさを味わった。それだけに、本書の第1話で、成瀬が祖母の形見の着物を着て大学の入学式に現れた時は(カバーに描かれているのはその時の彼女だろう)、つい目頭が熱くなったほど。もうすっかり父親目線というか、いちばん共感できるキャラクターは成瀬パパこと成瀬慶彦ですね。
 このシリーズの最大の特徴は(独特の口調も含めて)個性的すぎる成瀬のキャラクターにあるが、もうひとつは、出発点となった「ありがとう西武大津店」の題名が示す通り、実在の場所を舞台に、実在の固有名詞をそのまま使って書かれていることだろう。島崎がサングラスをかければ成瀬はすかさず「みうらじゅんみたいだな」とツッコみ、M-1に向けた特訓では漫才コンビ「アンタッチャブル」のネタを丸暗記して練習し、かるたを始める前は末次由紀の漫画『ちはやふる』を全巻読破して予習する。
 活躍を続けるうちに成瀬の(作中での)知名度が上がっていくのも大変リアルで、初対面の作中人物も素早くスマホで成瀬の名前を検索して彼女の輝かしいキャリアをすぐさま読者と共有する。名探偵もののシリーズなどを読んでいると、「これだけ活躍してればすごい有名人になってるだろうな」と思うことが多いが、スマホで検索されるみたいなシーンはめったに出てこない。その点、成瀬は2025年現在の日本に(読者とともに)ちゃんと生きている。
 そんな成瀬が京大に入ったら、森見登美彦ファンに遭遇しても不思議はない道理で、本書には、森見ファンの京大生が結成した「達磨研究会」なる森見小説愛好サークルが登場。成瀬はその会員から、“黒髪の乙女”(森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』のマドンナ)として見初められることになる。「桃太郎電鉄」ばかりプレイしている達磨研究会の面々(とくに会長)の森見キャラぶりがすばらしいので、森見ファンも必読です。
 なんだ、3冊目は京都の話ばかりなのか──というとそんなことはなく、最終話「琵琶湖の水は絶えずして」では、びわ湖大津観光大使の最後の仕事として、ちゃんと滋賀県に帰ってくるからご心配なく。京都市左京区の琵琶湖疏水記念館から十分ほど歩いて蹴上乗下船場からびわ湖疏水船に乗り込み、一路大津へ。これまで“成瀬あかり史”を彩ってきた人々が一堂に会し、シリーズは感動の大団円を迎える(まさか「桃鉄」がその伏線だったとは……)。
 とはいえ、成瀬の人生はまだまだ続く。10年後か20年後、大人になった成瀬あかりと再会できる日が来ることを気長に待ちたい。

(おおもり・のぞみ 翻訳家/書評家)

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