書評

2025年12月号掲載

「この著者は何者だ」目から鱗の裏金内幕

桐山 煌『告発 裏金─自民党を壊した男たち─』

後藤謙次

対象書籍名:『告発 裏金─自民党を壊した男たち─』
対象著者:桐山 煌
対象書籍ISBN:978-4-10-356561-1

 高市早苗氏が自民党総裁から総理への道を猛進していた10月、旧知の編集者から久しぶりに連絡があった。自民党の裏金問題についてこれまでにない確度と深度で告発するノンフィクションを準備しており、書評を頼みたいとのこと。著者は誰かと尋ねると、霞ケ関と永田町で勤務経験をもつ人だという。ゲラを読むことは了承したものの、政局真っ只中である。「評価に値しないと思ったら話はなしにしてほしい」と念を押した。
 届いたゲラに手を付けられたのは11月になってからである。すぐに驚いた。ずいぶん取材してきたつもりだが、知らないファクトが多い。しかもそれを説明するのではなく、政治家の表情や息遣いまで感じられるような筆致で描写している。高市総理が本書を読み問題の根深さを知っていたら、裏金議員の登用はできなかったのではないか。「この著者は何者だ」。編集者にそう聞くと、受話器の向こうで満足気に笑う気配がした。
 政治記事には「心境もの」という独特のスタイルがあった。渦中の政治家の心境を本人に成り代わって記者が書くのだ。本人を取り巻く状況を鳥の目と虫の目をもって取材し、見立てを組み立て、夜討ち朝駆けをしてぶつけ、検証する。それを繰り返し、政治家の頭の中まで肉薄した先に優れた「心境もの」が生まれる。昨今の政治記事からは消えて久しいこのスタイルに、まさか書きおろしの書籍で出会うとは思わなかった。
 本書は裏金事件を通して安倍一強とまで言われた最大派閥の盛衰を描く解体新書でもある。安倍派崩壊の内幕を軸に、間違った判断の連鎖で政治家自身が政治への信頼を破壊していくさまを容赦なく描き出す。
 裏金の「キックバック」は2022年4月にいったん中止が決まったものの、安倍晋三氏の死後、2022年8月5日の派閥幹部会を経て再開を決めたとされる。まず、この幹部会の様子があまりに詳細に記されていることに驚くが、8月5日以降の安倍派内と表の政局の動き、岸田文雄総理(当時)の心の揺れまでを重ね合わせ、知られざる事実を随所に織り交ぜながらぐいぐい読ませる力量も只者ではない。
 そうした大きなうねりの因果を正確にとらえる一方で、著者は派閥総会の弁当の中身やパーティー券の売りかたと帳簿の実際について詳しく記し、その考察は永田町の贈答文化、現金文化にまで及ぶ。また、キックバックの源流をさかのぼり安倍派四天王(三塚博・加藤六月・塩川正十郎・森喜朗)の角逐に触れ、そこから気配りを政治的武器にして領袖の座についた森の功罪を明らかにする。政治家のずるさや弱さ、だらしなさを冷静に描きながら、明らかに過重な処分を受けながらも真実を明らかにしようとした塩谷立氏(安倍派座長、元衆議院議員)、派閥の解散手続きという敗戦処理を黙々とこなした松本淳一郎氏(安倍派元事務局長)や西村明宏氏(前衆議院議員)に光を当てることも忘れない。
 大相撲にはむかしから勝負検査役と呼ばれる役目がある。いまは勝負審判や審判委員と呼ばれているが、土俵のすぐそばで力士の勝負に目を凝らし、行司の軍配を複数人でチェックする人たちのことだ。本作の著者は、政界の検査役のようだと思った。
 土俵の上で繰り広げられているのは主に安倍派の暗闘だが、他派閥への目配りも利いている。最も派閥らしい派閥といわれた二階派の解散時の様子は、逃散といってもいい安倍派とあまりに対照的だった。
 そもそも派閥は基礎自治体のようなもので、それぞれの動きを見ると政治全体の流れが見えた。派閥の解体によって砂粒のように砕けた個々の議員たちすべてをフォローするのは不可能だから、これから政治の実体と展開はより見えにくくなるのではないかと思う。また、本書でも「民主主義のコストをどうまかなうか」として書かれているとおり、政治にはお金がかかる。その一部を負担していた派閥がなくなれば、政治活動も変わっていくだろう。
 余談だが、自民党の党本部にある幹部の部屋は部屋の主と同じ派閥のメンバーがお金を掛けずに集まることができる場所だった。かつて小泉政権は抵抗勢力と位置付けた橋本派の部屋持ち幹部たちを党本部からすべて追い出し、集まる場所をなくすことで“武装解除”したものだ。高市政権下でも国土強靭化推進本部が政調会の一部に格下げされ、部屋を召し上げられた。推進本部は二階派が集まる場所だった。
 話を戻そう。裏金問題は政界の病巣のようなものだ。取り去らなければ、体は必ず蝕まれていく。今のままなら本書で指摘された事実にもとづく問題が必ず出てくるはずだ。高市総理はじめ、与野党を問わず、しっかり読みこんでほしい。また、同時代の我々も、後世の人も、本書がなければ令和の日本政治を理解できないだろう。ひとりでも多くの人の手に取られ、次代を拓く力になることを強く願う。

(ごとう・けんじ 政治ジャーナリスト)

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