書評

2025年12月号掲載

マックス・ベネット『知性の未来』刊行記念特集

目前に迫るブレイクスルー6

マックス・ベネット、恩蔵絢子 訳『知性の未来─脳はいかに進化し、AIは何を変えるのか─』

松尾豊

人工超知能で人類の能力は天文学的に拡大する! 異能のAI起業家が到達した圧倒的ビジョン。

対象書籍名:『知性の未来─脳はいかに進化し、AIは何を変えるのか─』
対象著者:マックス・ベネット/恩蔵絢子 訳
対象書籍ISBN:978-4-10-356551-2

 まさに自分の理解と同じような本だ。読みながらそう思った。
 AIを説明しようと思うと、実は、生命から説明しなければならない。知能が何のために生まれたのか。脳がどのように作られているのか。我々の脳が、他の霊長類、哺乳類、そして多くの他の生物とどのように異なっており、どのように同じなのか。ホモ・サピエンスがどのような進化をたどって出現したのか。そうした膨大な知見の中に、知能の謎を解くためのヒントが散りばめられているからである。
 そのためには、生命を構成するDNAの話から、原始的な生物、そして哺乳類、我々人間に至るまでの間を丁寧に説明していく必要がある。これは大変な試みである。専門的な知見に基づいて、非常に広い範囲のトピックをわかりやすく、順を追って説明していかなければならない。まるで神様にでもなったかのように、生物を一から作り、徐々に高度化していく。そしてその際に何を付け加えるべきかを議論していく。
 この本が秀逸なのは、この作業を適宜、AIの話を織り交ぜながら展開していることだ。AIを理解するのに必要な重要な概念、例えば強化学習、モデルフリー・モデルベース、世界モデル、大規模言語モデル(LLM)、推論(reasoning)など、そういったことがタイミングよく、生物との関連を交えて説明される。AIにおける重要概念をきちんと網羅し、本全体に配置されている様は見事というしかない。例えば、フリストンの能動的推論やカーネマンのシステム1、システム2なども取り上げられているし、ジョン・サールやユヴァル・ハラリの虚構の話も出てくる。模倣学習も逆強化学習もクリップ問題もちゃんと出てくる。このAIと生物の知見を「織り交ぜた理解」こそが本当に知能を理解するには必要なことである。
 脳に関する知見の整理と仮説は私自身、大変勉強になった。aPFC(無顆粒前頭前野)の意義についての仮説も納得のできるものであるし、心のモデル化から道具の使用、そして内省などへの展開は学ぶところが大きかった。
 全体を通じてのストーリーである、「操縦」「強化」「シミュレーション」「メンタライジング」「発話」という脳の進化を示す5つのブレイクスルーの説明の順番も見事である。私も本書に近いような内容の講演を数年前からすることがあるのだが(仮説が多くなるのでごく限られた場での講演だが)、話の流れとしてはほぼ同じような順序になる。私にとっては、かなり必然性のあるストーリー展開に思える。そして、生命がこうして進化してきたからこそ、この順番でないと物事が説明できない。私の以前の著書(『人工知能は人間を超えるか』)では、認識→運動→言語という順番でイノベーションが起こると書いたし、2021年から私の研究室では世界モデルの研究(シミュレーションに該当)を進めてきた。また、だからこそ「シミュレーション」や「メンタライジング」を飛び越えて、LLM(=発話)が先にできてしまったことは驚きだった。
 さて、ブレイクスルー6はどうなのか? この人類史における時間の流れとここ数十年、いやここ数年の驚くべき技術進化のスピードを考えると、近い将来にブレイクスルー6に達するのだろう。これはカーツワイルのいう、エポック5「テクノロジーと人間の知能の融合」、そしてエポック6「宇宙が覚醒する」と同じような意味合いなのだと思う。本書最後から2段目の段落の「我々は、知性のどの特徴を捨て、どの特徴を維持し、どの特徴を向上させたいのかを選択する能力が高まるはずである」というのは深遠な文であるし、最後の「宇宙は我々にバトンを渡した」という表現は、まさにこの時代感を端的に表している。ブレイクスルー6の具体的な話を本書ではもっと読みたい気もするが、それは我々自身がこれから作っていく物語なのだろう。

(まつお・ゆたか 東京大学教授)

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