書評
2026年1月号掲載
「一巻の終わり」は無限の広がり
ポール・オースター『バウムガートナー』
対象書籍名:『バウムガートナー』
対象著者:ポール・オースター/柴田元幸 訳
対象書籍ISBN:978-4-10-521723-5
数年前に、ジョニ・ミッチェルの名曲「River」をテーマにラジオドラマの脚本を書いてほしいという依頼を受けたことがあった。“Oh, I wish I had a river I could skate away on(スケートで遠くへ行ける川があったら)”というフレーズが印象的なこの歌は、わたしには、もう二度と会うことができない恋人に会いに行きたいという意味の歌として聴こえた。当時、最愛の妻を亡くしたばかりの知人が身近にいたということもあった。それで、夢の中で不思議な川をわたって、亡くなった恋人に会いに行くという話を書いた。
現実では、どんなに強く願っても、この世を去った人と再会することはできないが、物語の中でならできる。それは物語の魔法の力の一つだ。不可能を可能にする、夢の力。わたしの書いたドラマの主人公は、不思議な旅から目を覚ましてから、夢をみていたと自分で思うのだが、夢が現実に影響を及ぼすなら、それは現実と地続きの「夢」、もうひとつの現実であるともいえる。わたし自身、そういうことがあった。その場所を夢だと思うのか、現実だと信じるのかは、各人の選択の手にやさしくゆだねられている。
ポール・オースターは2024年4月にこの世を去った。本作は彼の遺作にあたる。『バウムガートナー』とは、ポーランド出身の父をもつ主人公の姓である。
バウムガートナーは九年前の夏、最愛の妻・アンナを海の事故で失った。以来、大学院で教鞭をとりながら、ひとり家で原稿を書き続ける生活を送っている。
ある夜、彼が二階の寝室で眠りが訪れるのを待っていると、階下から耳慣れない音が鳴り響いていることに気がつく。階段をおりて、一階をくまなく点検するが、不審なところは何一つ見当たらない。すでに音は鳴りやんでいる。最後に、アンナの部屋に入る。
事故で亡くなった日から、彼女が愛用していたタイプライター、赤い電話機、書類、宝物らしきコンクリート片にいたるまで、「定位置」を保持し続けている。「何も乱されていなくて一安心だ」。アンナの遺品が定位置にあることに安堵する姿は、まるで自らの手足の無事を確かめているかのようにすらみえる。すると、またあの音が鳴り響いていることに気がつく。さっきよりも、ずっと近い場所で。
それは、アンナの電話機が鳴り響く音だった。この電話機の回線はすでに切られている。自分の正気を疑いながらも、彼は受話器を手に取る。そして不思議な「夢」に出逢う。この日を境に、彼の中で変化が起こる。
単なる、バウムガートナーの再生の物語ではない。痛みを恐れて放棄し続けてきた彼自身の生を取り戻す物語であり、もう二度と出会うことのできない、この世を去ってしまった最愛の人と、この世で何度も出会い直す物語である。一番美しい日々の彼女と出会いながら、その死とも向き合っていくのだ。
本作には、三つの文体が登場する。まずはこの物語をかたる「著者」の文体。バウムガートナー自身の文体。そして、アンナの文体である。それぞれの文体に特徴があり、まるでそれぞれの生々しい肉体が浮かび上がってくるような印象を受ける。柴田元幸氏は、「原文を読んだときの感じが伝わること」を意識しながら翻訳をしているという。長年、オースターの翻訳をしてきたからこそ生まれた超絶技巧であろう。哲学者であるバウムガートナーのつづる文体はまるで石板に彫られた重たい書き言葉の印象、詩人であるアンナの文体は、死から遠く離れた場所で自由に飛びまわっているかのような、いきいきとした話し言葉の印象を受ける。ふたりがお互いの魂を分かち合いながらも、まるで違う魂を抱いていたことが言外にも伝わってくる。バウムガートナー自身も、アンナの遺稿を読みながら、まるで目の前にアンナがいるかのような感覚を得ている。
「一巻の終わり」という言葉が三度にわたって登場する。これには著者と訳者の意図を感じる。「夢」を夢として受け入れるのか、「夢」もまた事実だと受け入れるかによって、「最終章」で読者がたどりつく場所は異なる。「最終章」に、わたしはあたたかな救いの手を感じた。終わりとは悲劇ではなく、無限の広がりなのだ。
本作のあらすじを語ることは容易ではない。なぜなら、この物語のストーリーラインは、主人公の動線と平行方向に伸びていくのではなく、記憶と思考の堆積へと沈み込んでいく、垂直方向の物語だからだ。「ロビンソン・クルーソー」が作中に登場するが、ロビンソン・クルーソーが前者の形式をとった冒険物語なら、本作は海溝をゆっくりと降りていく冒険物語である。
物語は、人が作り出した夢に過ぎない。それでも、夢を通り抜けた後に見る世界は、以前よりも広々としている。物語が広げた世界の余白に、読者は、それぞれが目を背け続けてきた物事を置くのだろう。本作は、ポール・オースターの物語の魔法が余すところなく発揮されている。今を生きる人の心と世界に余白を与える、永久に作用し続ける魔法である。
(まーさ・なかむら 詩人)


