書評
2026年1月号掲載
壊すか、設計し直すか──農業改革における農協とAI
野口憲一『コメ関税ゼロで日本農業の夜は明ける』(新潮新書)
対象書籍名:『コメ関税ゼロで日本農業の夜は明ける』(新潮新書)
対象著者:野口憲一
対象書籍ISBN:978-4-10-611108-2
農業改革の議論では、農協が改革のブレーキだと語られ、一方でスマート農業は価格を国際相場へ近づける解として推される構図が目立ちます。機械化とデータ化で効率を上げ、価格を下げる。こうして「農協否定」と「スマート農業推進」は並走しています。私は、このセットの立て付けに無理があると感じています。
農協には確かに非効率な面もありますが、同時に長い時間をかけて地域の農家が積み上げた判断(私はこれを「農家のソフト」と呼びます)を蓄積し、媒介してきました。経験の共有、暗黙知の言語化と次世代への引き渡し等々。ときに非経済的と見られる働きが、日本の多様な作付けや食文化を支えてきた面も小さくありません。単に否定するのではなく、その役割をどう継承し、どう拡張していくかを考えればよいと私は思います。
一方、スマート農業は、しばしば属人性の排除を狙いとしています。しかし重要なのは、農家のソフトの可視化と再利用です。私は、スマートの主体は、AIをはじめとする機械ではなく、人にするべきだと考え、スマート農業ではなく「ハイテク農業」という言い方を選びたい。スマート農業という呼称は知的判断の主体をあいまいにするからです。
農協は、農家が積み上げてきた判断や経験を媒介し、次の世代へとつなぐ装置であり、いわば「知のインフラ」としての機能を持っています。AIには、その一端を学び取らせ、補わせればよいのです。
日本は天然資源が乏しい国です。だからこそ、強みは人材、技術、そして文化的な創造物です。戦後の成長を支えたのは、それらを外へ出すことで得た富でした。農業も同じで、輸出を拡大する以外に地力を高める道はない。それが農業のイノベーションの鍵ともなるでしょう。そのことを期待して書いたのが『コメ関税ゼロで日本農業の夜は明ける』です。
ここで重要になるのは、農家のソフトの価値を市場に認めさせることです。農家の持つ技能や判断力そのものを価値へ転換する。単に物を売るのではなく、背景に存在する文化的な厚みまでをも売る。それこそが価格競争を超えた国際競争力を生み出し、日本農業を成長産業へと変える道だと考えます。
そのためには、国内にある強みを再配置することで輸出可能な商品を生み出すことが重要です。農協を敵にせず、農協が永年媒介してきた農家のソフトを資本として扱う。そしてその際の主体は人。どれだけ進化しようが技術はあくまでも技術。
これまでもこれからも「スマート」であるのは機械ではなく農家であり、日本の国際競争力の源泉は「農家のソフト」です。この前提を壊せば、単なる効率だけが残り、日本農業は国際競争力を失います。
(のぐち・けんいち レンコン農家、民俗学者)


