書評
2026年2月号掲載
女性史の「栞」になった丙午
酒井順子『ひのえうまに生まれて─300年の呪いを解く─』
対象書籍名:『ひのえうまに生まれて─300年の呪いを解く─』
対象著者:酒井順子
対象書籍ISBN:978-4-10-398512-9
丙午生まれの女は男を食う。
イマドキこんな迷信を信じている人はあるまい。というか、イマドキに限らず、この迷信が出現してこのかた、これを字義通りに解釈した人はないだろう。この迷信が意味してきたのはおおよそ「丙午生まれの女は気が強いから結婚に向かない」である。
さらに言えば、この迷信には、家父長制的な価値観を良しとしてきた人々の、こんな主張が隠れている。「(丙午でなくとも)気の強い=自己主張をする女は、妻や母には向かない(よって社会から排除されても仕方ない)」。
幸い、前回の丙午年である1966(昭和41)年から今年までの六十年の間に、女性の生き方についての価値観や環境はずいぶん変わった。本音はともかく、イマドキこんな主張を声高にすれば、まわりの人はぎょっとするはずだ(おそらくいろいろな意味で)。
著者の酒井順子氏は1966年生まれ、丙午の「当事者」である。本書では、同い年の女性たちがどのような六十年を送ってきたかがまず検証される。
実は私も同じく、1966年生まれである。本書で示された、自分の生きてきた時代の環境と事象──同世代の他の年生まれの人々と比べて極端に人数が少ないこと、おかげで、忌まわしい迷信とは裏腹に、比較的「お得」な思いをしたと感じている人が多いこと、自分たちがいざ結婚について考える頃には、ほとんど迷信の圧力は消え去っていたことなど、何度もうなずきながら楽しく拝読。そういえば、それまで男子の先輩ばかりだった大学院に急に女子が増えた、と思ったら在籍女子の六割以上が丙午と分かって妙に納得したなんてこともあったと、ふと思い出したりした。
一方、自分たちが実は「ゆとり教育」の初学年であったという、自覚のなかった事実への言及もあって驚かされた。「ゆとりでしょ? そう言うあなたは バブルでしょ?」(第30回「第一生命サラリーマン川柳コンクール」第一位作品)という川柳でにやついていた己の浅はかさを恥じつつ、「丙午を気にせず妊娠・出産を決行した親、そんな親に何も言わずにいた祖父母や親戚やご近所さん達への感謝の念」(60頁)を、私も酒井氏と同じく、今、深めている。
さて、そうした「昭和の丙午」の考察を踏まえた上で、本書ではそれ以前の丙午現象について、時を遡りつつ、丹念にかつ明解に検証する。
迷信のせいで結婚ができないことにおびえ、自由意志というより、悲壮な覚悟で「職業婦人」への道を踏み出した人がいた一方で、意に染まぬ縁組を受け入れるしかなかった人や、将来を悲観して自殺する人までいた、1906(明治39)年生まれの女たち。「気が強い」のではなく、「気を強く持っていないと生きられなかった」人たちのエピソードには胸が痛む。
1846(弘化3)年の丙午生まれの女は、明治元年には二十二歳。文明開化で激変する世情の影響を受けた人たちだ。お雇い外国人の妾であったお蔦や、江戸幕府十四代将軍の正室となった皇女和宮の名が挙がって興味深い。一方で、名も伝わらない多くの女たちの人生を左右したであろう、迷信と「近代」との関係の指摘には、学ぶところが大きい。
その前の1786(天明6)年では、科学的知見の少ない時代に、この迷信についてどんな言説が流布していたかを探る。迷信が堕胎や間引きの理由や口実となり、人の心身、命に大きな影響を与えたことに心を痛め、言葉を尽くすことでそれに抗おうとした人々がいたことに、いくらかは慰められるが、翻って「いったいこの迷信は何なんだ?」という憤りが改めて湧く。
……というところで、筆者はいよいよ、迷信の震源地に近い、1666(寛文6)年へと迫る。明かされた火元に見えた戯作者たちのメッセージ「女が積極的だと物語としては面白いけれど、ろくなことにはならないんだよ」(125頁)にたどり着いて、私は思わず「出た……」とため息を吐いてしまった。
悪女、烈女、毒婦、女傑……様々な名で呼ばれる女たち(もちろん丙午生まれに限らない)の物語は書き手にも読み手にも魅力的だ。しかし、そう感じてしまう感覚の根底にある、女性の存在への畏れ=ミソジニーに無自覚なままでは、迷信の再生産に手を貸すことになると、強く肝に銘じておきたい。
寛文6年から令和8年まで、三百六十年にわたる女たちの歴史。迷信はほぼ消失したかに見える。だが、六十年ごとに挟み込まれた「丙午の栞」によって、格段に解像度を上げたそれぞれの苦難と苦闘のありようは、昭和41年を遥かに凌駕して出生率が下がり続ける現代に、多くの教訓や反省をもたらしてくれる。たかが迷信と侮る人こそ、一度は目を通してほしい一冊だ。
(おくやま・きょうこ 作家)



