書評
2026年2月号掲載
歴史的人物への理解を深める人間類型と逸話
渡辺京二『私の明治時代史』(新潮選書)
対象書籍名:『私の明治時代史』(新潮選書)
対象著者:渡辺京二
対象書籍ISBN:978-4-10-603940-9
渡辺京二の『逝きし世の面影』に心奪われた人は多かった。幕末から明治にかけて日本を訪問した西洋人の膨大な量の滞在記、手紙、論文を引用しながら、西洋との接触とそれに伴う近代化によって失われてしまう文明の姿が示された。抑圧と貧困の時代、として認識されていたこの時代を西洋人の目を通して、描きなおしたことに、すっかり“やられて”しまった、というわけだ。しっかりは読んでいないけれど、“やられた”ふりをする人もある。あるいは、ふりすらしないで、渡辺の引用した文献を自らがみつけてきたように展開する文章に会うこともあった。ともあれ、彼が六十八歳の時に世に問うた『逝きし世の面影』の影響力は、間違いなく、少なからぬ人たちに及んだ。
この本は、そんな渡辺の明治時代史、である。渡辺京二にかかると、歴史は、なぜこんなに興味深く、わかりやすく、また、わくわくしつつ、さらに考え込まされるものになるのか。語りかけられているような生き生きとした文体が立ち現れているが、それは当然で、これは、実際に「語り」を起こしたものである。1980年代初頭、熊本市真宗寺で連続講義として、渡辺が有志に対して語っていた「日本近代史講義」の録音が元になっている。当時、渡辺は五十歳を出たところで、すでに『評伝 宮崎滔天』や『北一輝』、また『神風連とその時代』などの名著を世に問うていたが、『逝きし世の面影』以降、つまりは彼の晩年ほどには、その名は知られていなかった。後年、無名に埋没せよ、と語り、生涯書生、を貫いた渡辺京二に、どれほど名前が知られているか、は、いささかの問題にもならなかったであろう。自ら学び、それを近しい人たちにとんでもないレベルで理路整然と説明し、語りかけていたのである。わたしは二十年間大学教員をしていたが、このようなレベルの語りを聞くと、自らの教師としての至らなさにうなだれるばかりだ。講義をする人の、ある意味、お手本でもあるような、理解しやすい語りが展開される。
歴史、というものは客観的な事実の羅列ではあり得ない。そこにいたひとりひとりがその時代背景の中で、どう生きていたか、何を感じていたか、どういう人だったか、ということを当人の気持ちになってみるのが一番良い、と渡辺はいう。深く記録を読み込むことによって、一見無味乾燥な文章の中にも、その人の人となりというものが、文章という決まった枠におさまりきれないかのように、立ち上がる。
人間類型と逸話、が、切り口である。歴史を理解するうえで手がかりにしたいのは、事件の流れだけでなく、まずは、その当時に生きていた人間類型だ、というのだ。ヒューマン・ネイチャーといわれるような人間の本質的な感情とか傾向とかは、時代によって変わるところはないし、このように功成り名遂げた、という表面上のことからだけでは、人間を理解できない。そこから一歩進み、その人の思想が入ってくることによって形成されるその人の考え方が組み合わさったものこそが人間類型であり、それは歴史的なものなのだ、という。さらに、その人の逸話、つまりはエピソードにふれることでその人への理解がふかまってゆく。
たとえば頭山満、という人間を「浪人」という人間類型から考え、さらに彼の豊富な逸話から、この人の好ましさを描き上げていくのだが、しかし渡辺は、頭山に近づきながら、さらに言語化されない部分にこそ課題があると捉える。人間の心のあり方は、思想やイデオロギーとなって言語化されるが、それらは本人によってすでに誤訳されている、その言語化されない部分に近づくところに本来の「時代の問題」があるのだという。それは果てしなく難しい。難しいが、そこに近づこうとすることが、彼の、先に逝った人々への態度、つまりは歴史への態度だったのだ。
当時の人間はそのときどう感じていたのか、どう考えていたのか、言語化されている部分からさらに言語化されていない部分に近づき、その言語化されていない部分をつなぎあわせるようにしてわたしたちに提示する。最終的なありようではなく、彼自身の試論として。そのようにして論じられる地租改正や、日露戦争に、まさにこのときに提起され、解決されずにいることが、現代に生きる私たちに直接関わり合っていることを知る。
渡辺京二が亡くなったくらいでは、渡辺京二から目を離すことはできないことに、あらためて気付かされる一冊である。
(みさご・ちづる 文筆家、津田塾大学名誉教授)




