対談・鼎談

2026年3月号掲載

村山由佳『DANGER』刊行記念対談

ついに挑んだ「父の置き土産」

村山由佳 × 五木寛之

父親の抑留経験から、いつかはシベリアを書きたいと思っていた村山氏。その想いを力強く支えたのは、五木氏の言葉と、ロシア人ダンサーとの出会いでした。

対象書籍名:『DANGER』
対象著者:村山由佳
対象書籍ISBN:978-4-10-339953-7

村山 今回、初めて正面からシベリア抑留を描いたのですが、以前、五木さんが「いつかちゃんとシベリアを書かないとね」と言ってくださったのが、すごく胸に残っていたんです。シベリアでの捕虜経験のある男性が登場する「訪れ」(『ある愛の寓話』所収)を書くより前のことでした。

五木 作家には誰でも、これは書いておかなくてはいけないというものが一つはありますね。村山さんのお父様のシベリア経験を知って、それはあなたにとって大変重いテーマだと思ったんだ。ですから『DANGER』で、戦後の日本の、しかもバレエというある種スノッブな世界を通してシベリアを書き上げられたのが大変印象的でした。

村山 読んでいただけて嬉しいです。

五木 戦後八十年の歴史の中で語られてこなかったことはたくさんありますが、それをそのまま読まされるのでは、現在の日本人はついてこれない。小説に書くことは、単に自分のメッセージを世に問うだけではないんです。読者に読んでもらうことを考えなければ、職業作家としての義務を果たせないと思う。どういう形で村山さんがこのテーマをお書きになるかとずっと関心を持っていましたが、ついにライフワークの一角に挑んで、ずいぶん大きな作品になりましたね。

村山 戦争を小説に書く人はいても、親世代から話が聞けたのは私の世代がギリギリだと思うんです。私より若い世代には、戦争の記憶が伝聞ですらとどまらなくなっていくと考えると、今の時代を鑑みて余計に焦りを覚えるところもありました。

五木 僕は北朝鮮からの引き揚げ者ですが、その時のことを語るととても生きていけなくなると思ってしまって、上辺だけの話しかできない部分があります。戦争が終わってからのほうが、外地にいた人間にはつらいところがある。その一端が小説として書かれたことで、この後、いろいろ出てくるのではと期待しています。でも現代とかけ離れた世界を描くのには苦労されたでしょうね。

村山 『DANGER』は連載の時には、翠という女性が戦中戦後の手記を残していて、現代パートを担う一平と果耶がそれを読むという形で話を進めていました。でも翠との関係を匂わせる世界的振付家の久我にインタビューをするのも彼ら二人なので、読者は二人を介したものを、もう一つ読まされることになってしまう。そこで手記ではなく、翠が体験したことをリアルタイムに地の文で書いたほうがいいと思って、全て改稿しました。伝聞が重なると、読者にとっては話がどんどん遠くなってしまいますから。

五木 戦後の時代を振り返ることは大事だけれど、それだけを語ると、若い読者の中には退屈する人も出てきますからね。今の風俗の中に戦争の記憶を挿入していくのは、それなりに効果的だと思う。

村山 どうしたら若い人にも読んでもらえるか、は常に考えていました。当時のことを記憶している方たちが読んでくださるのももちろん嬉しいのですが、記憶をつなげていこうと思ったら、若い人に読んでもらわないと意味が半分なくなってしまう。ただ、どこかで後ろめたさというか、これはエンターテインメントとして描いていい題材なのかが悩ましくもあったんです。読者に読んでもらうことを考えて書かないと、と仰ってくださって、ほっとしました。

五木 日本人にはやはり触れられたくない過去があるのです。例えば満州ではソ連軍に守ってもらうために、日本女性が差し出されることもありました。犠牲になった女性たちがやっとの思いで引き揚げて地元に戻ってきても「あの人はこういう人だ」と差別の対象になってしまう。そんな事実は迂闊には書けないし、リアルに書くと人権の問題にかかわってくるでしょう。だから小説の中で、フィクションとして扱うしかないのではと僕は思っているのですが。

村山 「黒川の女たち」というドキュメンタリー映画が昨年公開されましたね。満蒙開拓団として満州へ移った岐阜県黒川村の女性たちが、団長の命じるままにソ連軍に差し出された過去を証言していく映画です。取材に何年もかけているので、皆さん年を取っていかれるし、亡くなられる方もいる。はじめから口を開くことのできる方もいれば、首から下だけ映して証言して、最後の最後にお顔を出された方もいる。その方の晴れやかな表情が、なんとも胸に迫りました。でも、同じことをしていた村は他にもいっぱいあるはずですよね。

五木寛之

五木 昔、ラジオの仕事をしていたとき、そういう方々に取材をしても、「いろいろございましたが、おかげさまで今はなんとかやっております」と微笑まれることが多かったです。「君看雙眼色(きみみよ そうがんのいろ)不語似無愁(かたらざること うれいなきににたり)」。つまり「あの人の眼を見てごらんなさい。何も言わずに、ただ静かに微笑んでいるだけだ」という意味の書を昔見ましたが、語らないほど、その人の抱えている大きな過去が深く伝わってくる。逆に語りが芸になっている人もいて、繰り返し話すうちに、加工して作り上げてしまった場合もあるわけです。雄弁に語る人ほど信用できず、深い体験を持っている人ほど沈黙を守って語らない。取材の難しさはそこにありますね。結局その仕事は途中で放棄してしまいました。

村山 小説を書くときにも、その雄弁な話者のようになってしまったらダメですね、きっと。

五木 そうですね。だけど戦争の経験を現代の物語の中に溶かし込むのも一つの方法ですが、難しいところでもあります。時間と空間が飛ぶわけですからね。満州国関係の本は結構出ていますが、今とつなげて語っているものは少ないです。相当度胸が必要になるので、あなたみたいに覚悟と技量を備えた書き手でないと、なかなか生まれない作品だと思います。

村山 ありがとうございます。父が残した手記がずいぶん助けてくれて。満州での経験やシベリアで吊るし上げられて男泣きに泣いたところは、父が書き留めていたことでした。前に五木さんが「村山さんは戦友の娘みたいな感じがする」と仰ってくださったのを、どれだけ父に聞かせたかったか。『DANGER』を書いている間中、五木さんに読んでいただきたいの一心だったので、念願が叶いましたよ。

五木 自分の原稿の締切は後回しにして、ついつい読み耽ってしまいました。村山さんの新作が面白くて原稿が進まなかったと、編集者に言わなきゃ(笑)。

村山 それは最高の宣伝文句では(笑)。ほんとうに嬉しいです。

大きな物語を支えるもの

五木 村山さんは、例えばヒロインの水野など、モデルを具体的にイメージしますか。

村山 顔はあまり想像しません。連載中は挿絵をつけていただくので、そのイメージは途中から頭をよぎりますが、俳優の誰々に似ているとか、そういうイメージはしませんね。五木さんはされるんですか。

五木 僕の場合、『四季・奈津子』の奈津子もそうだったけど、ありえない人物を書いてきましたから、逆に真似をするメディアがいっぱい出てきてね。「わたしが奈津子になる」、よくそう言われたものです。

村山 すごい。登場人物が現実のモデルになるんですね。

五木 俺はあの小説の誰々みたいに生きたいとか、ちょっとした仕草を真似してみたいとか、小説はそんな風に思わせてほしいよね。

村山 そういう小説こそ書きたいですね。

五木 今回、同業者の仕事にインスパイアされることはたくさんある、ということも改めて感じました。ダンスの世界を書いてみたいと、ふと思いましたね。僕はイザドラ・ダンカンにずっと興味があります。バレエの歴史を根底から覆すような彼女のポリシーが、革命後のソ連のいろんな指導者たちに非常に高く評価されているんだ。

村山 それはぜひとも。五木さんのイザドラ、読みたいです。

五木 ダンスというのは肉体的に昇華されたアートですから、やっぱり興味が湧きますね。作中の久我のように高齢になってからまたステージに関わっていくという存在もすごく面白かったし、怪我で挫折した経験のある水野にも魅力がありますよね。

村山由佳

村山 新潮社の担当さんで長年バレエをやっていた人がいて、「村山さんにバレエを描いてほしい」と言ってくれたのが発端で、実はシベリアより先にバレエという題材があって。最初は、密航という形で戦前の上海に渡って上海バレエ・リュスに潜り込み、戦後日本で初めて「白鳥の湖」を全幕通しで公演した小牧正英さんのことを調べていました。でも実在の人物をモデルにして書くと制約も大きいので、一からフィクションで作り上げることにしたんです。私自身も大人のバレエ教室へ通ってみましたが、ついぞ経験のない難しさに挫折しました(笑)。

五木 そういう経験は必ず作品に生きてきます。身体ごとぶつかった取材で見つけたであろうディテールがあちこちに入っていて、刺激されたな。

村山 書く上で、少しでも体験した意味はあったと思っています。バレエ初心者はやたらとバーを握りしめてマメができてしまうとか、ただ歩くだけでふだんとはまったく異なる筋肉を使うとか、やってみて初めて知りました。

五木 トウ・シューズは三年ぐらい使うものだと思っていたから(笑)、あんな短期間でダメになるのかとびっくりしました。そういう小さなリアルが大きな物語を支えるんですよね。さらに本作はバレエの華麗さとシベリア抑留の悲惨さが並行して描かれることで、相乗効果が出ている。

村山 日本にクラシックバレエを持ち込んだと言われているエリアナ・パヴロヴァというロシア人女性を偶然見つけた時、これでバレエとシベリアを結びつけられると思ったんです。シベリアに行くことになる久我がエリアナの弟子だったとしたら? というところから繙いていって。書きたいと強く願っていると、運命的なものが降ってくることがありますね。

五木 ほんとうにそうだよね。そういう天から降りてきたようなものがないと、小説は生き生きしないものです。才能があるとか、文章が上手いというところとは別にね。

村山 エリアナを見つけた時は、それこそ踊り上がって鳥肌が立ちました。でも、追い詰められた時でないと降ってこなくて。

五木 ですから小説作法みたいな本を読めばなるほどとも思うけれど、小説は前の作品と同じ組み立てができるとは思えません。そもそも、自分がどういう位置で仕事をしているか、あるいはどういうコンディションや年齢であるのか、色々な条件の中に偶然の要素が入っていないと面白くない。100%計算ずくでは、小説は書けないと思いますね。

村山 書き上げてみるとどうやって書いたかを覚えていないこともあって、応用が全く利かないんです。次の作品を書く時に「あれ、不思議だな」と、いつも思います。

五木 わかる。小説の持つ最大の魅力というのは、どんな形であっても、読む人を惹きつけるものがなければならない。作家によっては社会を描くことが苦手な人もいます。個人の心理を追求してアドベンチャーになるような小説もあるけれど、広い視野で歴史や社会を追い込んでいく物語も読みたいですよね。そういう意味で『DANGER』は、戦中・戦後と、現在の我々とをつなぐ物語だから、大事な仕事をしたなと思いますね。

村山 伊藤野枝を主人公にした『風よ あらしよ』を書いた時も、そう言ってくださいましたね。野枝個人を書いているつもりでも、彼女がした選択を考えると、どうしても現代につながる社会を書かざるをえない。私も歴史に通暁しているわけではないので、その都度、なぜこうなったのかを調べながら書いたのですが、やってみると自分の隠れた資質みたいなものと非常に合っている気がして、苦労しましたが手応えのある仕事でした。

五木 村山さんには、男女の話をリアルに描く面と、社会的な視野から何かを語ろうとする面の二つがあって、それらがうまく融合すると、ものすごく面白くなる。だからこれからもその辺がテーマになっていくんでしょうね。

サーガの時代に

五木 世の中というのは複雑で矛盾したところがあって、美しい心から美しい物語や美しい音楽が生まれると信じたいけれど、そうではない。僕は終戦後の朝鮮でソ連兵からひどい目に遭わされましたが、ソ連に政治的な憎悪を抱いても、彼らが生みだすものに涙が出るように感じられることもありました。その善と悪が絡まる謎を解きたいという気持ちがずっとある。まだ完全には解けていないんだけど。「大学で露文科に入る」と父親に伝えたら、「ロシアは、母さんの仇だぞ」とポツンと言われたことがあった。

村山 それは……言葉が出ないです。ロシア人に対する矛盾した思いで言えば、父は手記の中で、一人一人はそんなに悪い奴らじゃないと書いていました。一緒に旅をしてみると、すごく気さくに話せたりとか。

五木 シベリアに関わった人と話していると、どこかに懐かしさもあるのかな、と思うことも時にはありましたね。

村山 父はよくお風呂で「ステンカラージン」をロシア語で朗々と歌っていましたし、ダークダックスのロシア民謡のレコードやCDをずっと聞いていたりもして、あれだけの思いをしたのにと不思議でした。本人はあれきり一度もロシアには行っていませんが、何か思い出すものがあるか聞いたら、一面の花畑だと答えたんですね。名前もわからない花だけど、野山を埋め尽くして咲く花畑だけは、もういっぺん見てみたいと。

五木 人間って矛盾してますよね。

村山 ほんとうにそう思います。私が旅番組でシベリア鉄道に乗りに行った時、父はすごく羨ましがって、自分が工事に駆り出された橋の裏に名前を彫りつけたから、それが残っていないか見て来てほしいと言われて。父のいた収容所は二年前に取り壊されていましたが、そのそばの川の橋を全部探しても結局見つかりませんでした。日本に帰れる保証なんて何もなかったのに、どんな思いで彫りつけたのか、考えさせられましたね。

五木 それにしても、三十三年前の小説すばる新人賞のサナギが、こんなに立派な蝶になるとは思いませんでしたね(笑)。

村山 今では毎年選考会をご一緒させていただけるのがほんとうに嬉しくて。絶対おやめにならないでくださいね。

五木 昔、吉行淳之介さんが、文学賞の選考委員は辞めてもいいから、新人賞はできるだけやれと言っていましたね。作家として一人前になると同業者の新しい本を読まなくなるからと。今回も久しぶりでしたね、現役で活躍している作家の長編を読むのは。

村山 ありがとうございます。でも選考会では五木さんが一番新しい意見を仰るんですよね。現代の社会と照らし合わせてこの作品はどういう位置にあるのか分析した上で、なぜ受け容れ続けることができるんだろうと不思議で仕方がないんです。私のほうがずっと保守的だと思ってしまいます。

五木 村山さんにはパワーがあるから。今は新しいサーガ、ストーリーの時代と言われていますよね。サーガは文学上だけではなく、企業や国家の歴史でもある。トヨタはトヨタの、アラブ諸国はアラブ諸国のサーガを作ろうとしている。日本にも平安時代や江戸時代のサーガがある。そういう中で、今の日本という物語を作り出す仕事は、とても大切なんじゃないか、と。村山さんはサーガを作り出す資質がある書き手だと期待してます。

村山 ここから肚をくくり直さないと! 親には頑丈に産んでくれてありがとうと、そこはほんとうに感謝しています。

(いつき・ひろゆき 作家)
(むらやま・ゆか 作家)

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