対談・鼎談

2026年3月号掲載

『14歳、字を書けない私が「書く」喜びを手にするまで』刊行記念特集

14歳の少年が「書く」という表現を得て

朝野幸一 × 森田真生

対象書籍名:『14歳、字を書けない私が「書く」喜びを手にするまで』
対象著者:朝野幸一
対象書籍ISBN:978-4-10-356731-8

森田 はじめまして。やっと15歳になったばかりですよね。一冊書き下ろすのは大変だったでしょう。

朝野 ものすごく大変でした。でも自分の経験を伝えたかったのでがんばりました。いまはちょっと、執筆ロスです。

「書く」行為を精度を上げて分析する

朝野 お読みになってどうでしたか?

森田 文字を「書く」という身体的行為は、一度できると当たり前になっていき、子どもの頃になかなか書けなかった形とか、戸惑ったのはどこでなのかとか、初めてひらがなを書いた時の細かなつまずきは忘れてしまいます。その記憶が新しい14歳のうちに書いていて、経験が新鮮です。書くことを身につける難しさをすぐに言語化できるタイミングで、丁寧に描写してくれているのはありがたかったです。
 具体的に「は」と「に」を書き分けるのが難しいという例は絶妙で、感覚としてわかっていなかったのですが、文字を示して説明されると、そこが分かれ目なのかと納得できました。

朝野 「に」の左側を書いて右側を書こうとした時に、二画目の横棒を書いた後、縦棒を引きたくなるんです。結果として、「は」になってしまう。なんというか、そうなってしまうんです。本には全く逆の例が紹介されていますが、書き順がその時のノリで変わるんです(笑)。

森田 その逡巡を言語化してくれているから、読む方は「書く」行為を解剖して高い精度で捉え直せます。新鮮にそこが面白いと感じました。

朝野 当たり前のことを当たり前にやっている人がいる一方で、当たり前にできると思っている人が想像する以上に、当たり前にやれない人が数多くいるってことです。

森田 書き障害の人にとってはもちろん、そうではない人にも、書くことに正面から向き合ってきたこれまでがよくわかります。書き障害の人の中でも経験を昇華して伝える文章にまで落とし込める人は稀でしょうし、しかも編集者と出会って本の形にまでなる偶然を考えたら、貴重な一冊です。この本で救われる人もいると思うと、さらに。

朝野 単に書くことなら誰にでもできるけれど、より良い文章、美しい文章、わかりやすい文章、となるといろいろなことを考慮しなくちゃいけませんし、周りの人にも相談しなくちゃいけないし。だから書いている人はすごい。森田さんもすごい(笑)。

「書く」ことは一人ではできない

森田 原稿執筆の経緯を教えてもらえますか?

朝野 あとがきでも少し触れましたが、読み書き障害の生徒をサポートする「読み書き配慮」という一般社団法人があって、そこの講座に通っていたんです。創設者の菊田史子さんや息子さんとなんだか馬が合ってしまいましてね。学校で書いた読書感想文とか見せていたからか、その菊田さんから「コウちゃん、NHKの主催する障害福祉賞の体験作文というのがあるらしいよ、応募してみたら」と教えられたんです。その最優秀賞の賞金が50万円! で、お金に釣られました(笑)。本の土台にした原稿はもともとそのために書いたわけです。イケると思っていたのに入選しなかったのでかなりショックでした。

森田 この本のタイトルには、文字を手書きすることと、手段は何であれ表現として文章を書くこと、この両方の意味が含まれていますね。書く表現としてはスラスラとできたのですか?

朝野 とにかく私はですね、本の虫なんです。いけずな量の本を読んできました。読んでいるとこれはいいなと思う文章に出会えるので、それを心のノートに文体や表現などをスクラップしておきます。それを応用して書いている感じですかね。

森田 それは実際にどこかに書き写しておく?

朝野 違います。いい文章をアタマの中に留めておくんです。記憶力がいい方なのだと思います。

森田 なるほど! 表現としてどう進めたのか聞きたいのですが、「書きたい」という衝動がまずあるんですか?

朝野 衝動ではないんじゃないかな。基本的に私はおだてられると書いちゃう。その場のノリで書くんです。学校で必要に迫られて書く文章も、もちろんありますけど。

森田 自分の経験を言葉にする難しさはなかったですか?

朝野 ふらーっと書き始めることもありますが、私の場合は目的を持って書き始めることが多いです。とにかく書いてみる。必要最低限を書き出してみて、その文章を読んで変だなというところを直す。その上で、近くにいる人、たとえば母親なんかに読ませて感想をもらいます。そこで目的に沿っているか、伝えたい相手にわかるのか、などを考えるのですが、今回は、文章の読まれる先を考える段階がつらかった。編集や校閲の人に、「誰に向けて書いているのか」と問われて、情けない話ですがわからなくなることもありました。なんとかそれを直しましたけど、本を書くプロセスって、多くの人と関わり合って進めていくものでもあって、自力で一人で書けるかといえば到底書けないですね。

森田 締め切りは守れました?

朝野 いいことを聞いてくれました。スケジュール管理がダメダメなので、そこもつらかったんです。「締め切りは人類最大の発明だ」と聞いたことがありますが、まったくその通りだなと痛感しています。

14歳で書いたということの意味

森田 朝野さんのこの本を読むと、14歳にしては明らかに文章力があって、たくさん本を読んでいるから語彙も豊か。同時に、書き障害の仲間や保護者の皆さんに向けた文章もあり、読者に呼びかける記述だってある。この呼びかけには心のこもったあたたかさを感じました。僕自身、長男がもうすぐ10歳なのでリアルに響くところがありました。

朝野 そうなんですね。

森田 4年生の頃が朝野さんはつらかったんでしょうか。響いたのは、最終的に子どものことをいちばんよくわかっているのは子ども自身だというところです。最近まで小学生だった朝野さんに真っ直ぐ言われると、本当にそうだなと。ついつい、経験がある親の方がわかっていると思って導く方向にいきがちですが、一定の年齢を超えたら子ども自身が自覚できるんですよね。小学生の心の内面をこれだけちゃんと言葉にしてもらえると、親としては納得せざるをえません(笑)。
 これが、朝野さんが大学卒業後に思い出して書いているのだとしたら、ここまで響いてこないと思うんです。つい最近まで小学生だった朝野さんの体験談だからこそ。書くことに疲れが出やすいようなら書き障害を誰かに相談してみてもいい、といった呼びかけが深く伝わってきます。
 書く過程で大変なこともあったと思いますが、誰に届けるかはずっと朝野さんの中にあったんでしょうね。

朝野 誰に書くか、どういう文体にするかは、編集さんに相談したら「五つ年下の子に話すように」「先輩として」って言われたんです。そうはなっていないかもしれませんが、参考にしました。
 中学受験では合理的配慮(障害のある人が他の人と同じように、それぞれの状況に応じて必要かつ適切な環境調整をすること)が認められず志望校には入れませんでしたが、全体として、タブレットを使う対応をとってもらえる方向に教育現場が変わってきたことは大きいです。2019年にGIGA構想が始まって、タブレット使用が当たり前になったし、同時に合理的配慮も制度化されてきたので、学校とも共存する道ができた。時代と自分のタイミングが合ったことは、幸運だったと思います。

森田 2019年で小学4年生ですもんね。苦労しながらも切り開く道のりが記録されたということですね。
 ただ、小学校や中学校は、授業の組み方など、書き障害の生徒の難しさを想定せずに設計されていますよね。朝野さんからみて、学校の在り方としてこうだったらと思うことはありますか?

朝野 健常者は手書きで書く方がタイピングよりも成績が伸びる、という研究結果もあって、教育現場ではデジタル化のゆり戻しがあるそうなんです。健常者の人たちがその方が良いのならそうすればいいと思うんです。システムとしてどちらか一択ではなく、それぞれ、ひとりひとりに合う教育や学び方を追求していけば良いんじゃないかな、と思います。

人生には非線形の面がある

朝野 人生は非線形ですよね。

森田 原因と結果のわかりやすい対応関係がないという意味で?

朝野 はい。私自身はADHD(注意欠陥多動性障害)でその薬を飲んでいないと突拍子もないことをしすぎるので、「歩く非線形」なんです。人生は非線形で、この本を読めば書き障害でもうまくいくなんて簡単ではありません。この本は私の経験でしかないし、それぞれ誰の人生にも非線形の面があるっていうことはわかっておいてほしいです。完全なマニュアル本なんてないってことです。

森田 私も過集中なところがあって、しばしばまわりが見えなくなることがあります。
 でも、だからこそ思うのです。朝野さんの「書く」喜びを手にするまでの道のりには、小学校2年生の時の校長室で遊ばせてくれた校長先生や、教え方を工夫してくれるピアノの先生といった、大事な要所要所で支えてくれた魅力的な人たちがいますよね。周囲の理解と同時に、そういった偶然の積み重ねがあった。
 書き障害のひとそれぞれにとって、「困難」は違うでしょう。その一つの例だということかもしれないけれど、こういう本は今までに出ていないと思います。少なくとも、僕は読んだことがない。書き障害の全てを書いたわけではないにしても、朝野さんの経験が一つのモデルになるでしょうね。

朝野 読み書き障害のうち「書き障害」しか経験していないので、私の経験は普遍的なモデルにはならないと思います。でも、こういう存在がいるっていうことは知ってほしいです。
 森田さんにとって、書くことって意味は何かありますか?

森田 書くことは僕にとっては、自分自身が変容するための身体的な行為です。生まれ変わることなんです。自分で想像もしなかった、とてつもない驚きとか発見とか、そういったものが生まれることを期待して、願って、書く。それまで存在しなかった何かが生まれることは楽しい。
 この期待とワクワク感が僕をいつも突き動かしています。人を動かす大きな要因は好奇心ですよね。これまで見たことのないものを見たい。手書きであれタイピングであれ、書くという表現の向こう側に、そんなものを探し求めているのかもしれません。

(もりた・まさお 独立研究者)
(あさの・こういち 高校生になります)

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