対談・鼎談
2026年3月号掲載
『ちょっと不運なほうが生活は楽しい』文庫化記念対談
停電の夜、牛丼と
田中卓志 × 穂村 弘
お笑いの道へのきっかけ、母の愛情弁当
第一印象が「キモい」だった山根さんとのコンビ結成……
悲喜こもごものデビューエッセイ集について語り尽くす。
対象書籍名:『ちょっと不運なほうが生活は楽しい』
対象著者:田中卓志
対象書籍ISBN:978-4-10-106741-4
田中 僕の奥さん、穂村さんの大ファンなんですよ。「今回の『ちょっと不運なほうが生活は楽しい』文庫化にあたってどなたかと対談しませんか?」と新潮社に提案されたとき「ほむほむがいいんじゃない?」って言ったのも奥さんでした。もともと本が好きな人なのでいろんな作品を薦めてくれるんですが、その中に穂村さんのエッセイがあって、僕が「おもしろいね」って言ったのを覚えていてくれたんです。
穂村 ありがとうございます。実は、田中さんにお会いするのは約二十年ぶり。前回は僕がオファーしました。当時テレビでジャンガジャンガを見て、衝撃を受けて。その少し後かな、NHKのラジオ番組で「ゲストに呼びたい人はいますか」と訊かれたので、アンガールズさんのお名前を挙げました。
田中 それ、マネージャーから聞いてびっくりしました。覚えていなくて、申し訳ない……。
穂村 いえいえ。おふたり、すごくシャイでしたから。2005年頃かなあ。
田中 まだ僕らが駆け出しの頃だったと思いますが、どこに注目してゲストに呼んでくださったんですか?
穂村 やっぱりジャンガジャンガの衝撃と謎が気になったのが大きいです。妻とふたりで顔を見合わせて「これは一体なんなんだろう。正体を探らなくちゃいけない」と、駅前のTSUTAYAでアンガールズのネタのDVDを借りて。それですっかりファンになりました。見て笑っただけでは済まないような不思議な魅力がありましたね。
田中 確かにそう言われることは多かったな。僕としては、ジャンガジャンガの前の部分──例えば初対面の人と肘がぶつかって、お互いにどうしたら良いのか分からなくなるだとか──そういった日常で起こる微妙な瞬間がおもしろいと思って、ネタをつくっていたんです。だけど、他の人に見せたら「それ、オチてるのか?」と問われて、「え、オチてるかは……ちょっと分かりません」って。
穂村 日常のくすっと感という意味では、短歌とも通ずる部分がありますよね。そもそもこの本のタイトルがそうなんだけど、例えば、「銀座で高級なお寿司を食べた」とか「合コンでモテた」とかは短歌にはできない。そんな自慢を歌にしても、読んだ人が不快になるだけ。かといって逆に、大きな悲劇や事故なども、そのままでは言葉にできない。何が書けるかと言えば、それこそジャンガジャンガ的な「微妙になりました」という、「ちょっと不運」なものが短歌ではおもしろいんですよね。みんながなんとなく感じているけど見過ごしていることにちゃんとフォーカスできると、うまくいく。
田中 その意味では、短歌とジャンガジャンガの空気感はすごく近いですね。
真面目だからこそ笑いがある
穂村 この本のひとつひとつのエピソードがとてもおもしろかったんですが、実は細かい気遣いがされていますよね。例えば、キーパーのことを「僕みたいなしょぼい人間がやらされがち」と自嘲するんだけど、その前に、「(本来は)ゴールを守り全体を見ながら指示も出すキーパーは、大切なポジション」とある(「いじめっ子とお笑いと」)。お母さんのお弁当を番組内で悪く言われた場面でも、「タレントさんも何か言わなければならないから、仕方なくそう理由を言ったのだろうし、悪くはない」って(「最高の食事」)。
田中 びくびくする性格なんでしょうか。でも、穂村さんもエッセイの中でよく心配なさっていますよね? 「こう思われるんじゃないか」という。
穂村 だから僕は「ジャンガジャンガ」に惹かれたのかな? あれがあれば……。
田中 微妙になった空気を一瞬で消し去れるという(笑)。
穂村 魔法のワードですから。エッセイを書くときに決めているルールはありますか?
田中 ルールというほどではないんですが、笑いを無理に入れることは絶対にしないように気をつけています。僕が誰かのエッセイを読んでいるとき、「おもしろいな」という部分は自分で見つけるし、そんな発見を自然と引き出されているなと思うんです。だから「ここおもしろいでしょ」と、書いている側が押しつけるような笑いにはしたくないなと。
穂村 田中さんのエッセイには真面目さをひたすら突き詰めたおもしろさがあります。真面目だからこそ芸人になったということが、先ほど挙げた「いじめっ子とお笑いと」のエピソードでもよく分かりますね。サッカーの授業でキーパーを任されたとき、緩いシュートを倒れながら全身で抱えて取ったら、いじめっ子たちがドッと笑って、次の日からいじめられなくなった。
田中 笑わせようとしたつもりはなくて、真剣にやっただけなんですが。
穂村 ウケを狙ったわけではなく、真面目に生きていた先に笑いがあったんですね。
「山根」を掘りたい
穂村 相方の山根さんを描いたエッセイもありますよね(「相方か友達か」)。田中さんと山根さんの身長があと10センチずつ低ければ、ジャンガジャンガはあそこまでのオーラを生み出すことはなかったのかも。
田中 コンビだと「長身と小さい人」や「太っている人とガリガリ」といった組み合わせが多いですもんね。山根は、面白いエピソードがあっても自分からは話さないから、もったいないんです。
穂村 芸人さんにしては珍しい。
田中 若手で本当に金がない頃、番組の忘年会で、山根がヴィトンのバッグをビンゴで当てたことがあるんですよ。そのバッグを、質屋で売るでもなく、自分で使うでもなく、山根は、実家の親に渡して「買ってくれ」って。
穂村 親に売りつけたんだ(笑)。
田中 それを「こっそりご両親にエピソードを聞いてきました」と、トーク番組で暴露されて。芸人だったら「ちょっと~言わないでよ~」なんて盛り上げるのが王道なんですが、山根は「言うなよ……」と、本気で引いていた(笑)。恥をかくのを異常に嫌がるんですよ!
穂村 いわゆる「おいしい」とは思わない方なんですね。
田中卓志
芸人。2000年に山根良顕と「アンガールズ」を結成。2022年、エッセイ「最高の食事」が日本文藝家協会編「ベスト・エッセイ2022」に選出され、話題に。初エッセイ集『ちょっと不運なほうが生活は楽しい』で、広島本大賞を受賞。
田中 芸人だったら喜ぶはずなのに、山根は違う。そこがおもしろいんです。大声でリアクションしていればウケるという状況のなかで必死に嫌がるから「あれ? これまずいことだった?」って笑えない空気になる。それが山根という男なんですよ。
穂村 しかし田中さんの「やーまーねー!」という声がみんなの耳に残るぐらいだから、やっぱりずいぶん掘ってるわけですよね。
田中 掘って、掘って、僕は、山根の秘めている部分をもっと引き出したい。
穂村 山根さんは自分から秘密を話すタイプじゃないから、田中さんが書くしかない(笑)。本書には、そういった「田中さんが書かなければ他の誰にも書けない」テーマがたくさんありますよね。「抱かれたくない男」ナンバーワンと言われた気持ちを吐露する、みたいな(「ランキングの信憑性」)。
田中 僕のエッセイは、自分だけが経験したところにみんなを引き込んでいく感じだと思っています。ところが穂村さんは、みんなが行ったことのある場所で起こるほんのちょっとした出来事から、こんな広がりがあったかと驚くような世界を描く。僕は、それに憧れます。
穂村 でも、この本に登場する「なか卯」は、誰もが行ったことのある場所ですよね(「停電したなか卯で通じ合った」)。暗闇のなか、アルバイトのおじさんに頼まれてブレーカーの場所を一緒に探すという。あれ、僕が同じ立場になったら停電した時点で逃げちゃうかもなぁ。
田中 僕はただ、牛丼を食べている途中だったので。真っ暗になって見えなくなったから、電気が点くまで待たないとって。
穂村弘
歌人。1990年に歌集『シンジケート』でデビュー。『短歌の友人』で伊藤整文学賞、『鳥肌が』で講談社エッセイ賞、『水中翼船炎上中』で若山牧水賞を受賞。歌集、エッセイ集以外にも、詩集、対談集、評論集、絵本、翻訳など著書多数。
穂村 食べて帰っちゃおうとは思わなかったんですか?
田中 えー。真っ暗な中で!? 食べて帰るとか、そんな……食べて帰ることはできたでしょうけど、でも……なんか不味いじゃないですか。明るいところで食べるから美味しいんじゃないですか。
穂村 僕だったら……。
田中 どうしたと思います?
穂村 真っ暗な中で食べて帰っちゃうかも。それで後から「なんで逃げたんだろう」って自分を責める。
田中 「なんでそこに残らなかったんだろう」という後悔を書く?
穂村 うん(笑)。
田中 「おじさんがひとりで働いていたのが見えていたのに、なぜ僕は……」と(笑)。
穂村 田中さんは優しいから残ったのか、それともブレーカーを見つけられるという自信があったのか。
田中 僕はただ牛丼を食べるために、明るくなるのを待ってただけです。そしたら話しかけられたから、「えぇ!?」って。
穂村 そもそもそんな特殊な状況で、困っているおじさんから話しかけられるっていうのが、いい話。その後、特に二人の距離が詰まらなかったのも、またいい。場所が「なか卯」っていうのも妙に良いんだよな。
田中 そのまま書いただけなんですが(笑)。
穂村 アクシデントを引き寄せる特異体質のようなものも含めて田中さんの魅力なんですね。エッセイは、その後も書かれているんですか?
田中 今は書いていないんです。でも文庫化にあたって、「建築士になる」というエッセイを書き下ろしました。昨年12月に、二級建築士試験に合格したんですが、そのときのエピソードを。
穂村 いいですね。弟さんの話とか、山根さんの話とか、もっといろいろ読んでみたいです。
(たなか・たくし 芸人)
(ほむら・ひろし 歌人)




