書評
2026年10月号掲載
異国で働く母親と、残された子どもたち
マルコ・バルツァーノ『いつか家族に戻るとき』(新潮クレスト・ブックス)
対象書籍名:『いつか家族に戻るとき』(新潮クレスト・ブックス)
対象著者:マルコ・バルツァーノ、関口英子 訳
対象書籍ISBN:978-4-10-590212-4
マルコ・バルツァーノの邦訳新作『いつか家族に戻るとき』は、ルーマニアの自然に囲まれた村に暮らす家族の物語だ。著者自身はイタリア人だが、ルーマニアを訪れ多くの関係者に取材を重ねたという。バルツァーノといえば、ナチスの移住政策により引き裂かれた南チロル地方の家族を描いて歴史をあぶりだす『この村にとどまる』で国内外の多数の文学賞を受賞、同作は世界的なベストセラーとなった。同作と今作に共通するのは、居場所を失う人々の物語という点。前作は居場所を奪われる人々の物語だったが、本作はそこにあるはずの居場所が自ら崩れていくような感覚がある。
ルーマニアは1970年代から共産党のチャウシェスクの独裁が続いていたが、1989年に大規模な反体制デモが起こり、チャウシェスクは妻とともに処刑され、民主主義政権が誕生した。外側から見れば喜ばしいことに思えるが、内側にいる国民は生活の激変を余儀なくされた。本書の主人公の一人、ダニエラも革命後に大学を辞めて仕事を探さねばならなくなった。その後結婚して二人の子どもが生まれたが生活は厳しく、四十代となったある時、彼女は家族を守るための決断をする。ちなみに物語の舞台は2010年代だと思われる。
第一部はダニエラの息子でまだ十代のマヌエルの視点で綴られる。自然に囲まれた村に暮らす一家の生活は厳しい。父親が勤務していた工場は閉鎖され、母親が働く会社は給料の未払いが続き、一家は一年前から失業保険の手当で暮らしている。そんなある朝、ダニエラが姿を消した。ほどなく彼女がイタリアのミラノに介護ヘルパーの仕事を求めて旅立ったことが明かされる。黙って出ていったのは、夫に理解されないと分かっていたためだったが、マヌエルの心のダメージは大きい。母親とスマホでやりとりする際も彼は反抗的な態度をとり、彼女が休暇で帰省してもぎくしゃくする。母親の出奔後のマヌエルのやさぐれた態度は痛々しくもあるが、そもそも何も言わずに突然家を出た母親にも非がある。やがて父親も長距離トラックの仕事を見つけて家を出てしまい、自暴自棄な生活を送るマヌエルはバイク事故で意識不明に陥ってしまう。
第二部はダニエラの視点で進行する。事故を知り緊急帰国した彼女は、医師や看護師にさからって病院に滞在し、昏睡状態の息子に語り掛ける。自身の来し方、イタリアでの生活、家族への思い──。彼女はミラノで頑固な男性老人の介護や、多動症の少年のシッターなど複数の仕事に従事していた。イタリアには同様の他国出身の出稼ぎ労働者が多数いるようだが、ショッキングなのは「イタリア病」という言葉。他国からきて介護やシッターに従事するうちに鬱状態に陥る女性が多く、その症状を指してこう呼ばれているという。
第三部は、マヌエルの姉のアンジェリカの視点から家族が迎える新たな変化が綴られていく。この章に関して多く説明するのは未読の方に親切ではないので割愛する。
巻末の著者の注記によると、移民労働が本質的に男性の問題として語られること、しかし高齢化が進む昨今の西欧が女性労働者の移動を多く生み出していることが本書の執筆の主な動機だったようだ。日本の読者は、今後の自国が抱えるケア労働の課題に重ねるだろう。
それだけでなく、本作は読む人の立場によってさまざまな響き方をするはずだ。やむにやまれぬ理由で家族が離れ離れになった時に生じる齟齬、さまざまな背景による家庭の経済的困難のほか、子どもたちのメンタル、さらにアンジェリカの立場を思えばヤングケアラーの問題が浮かび上がる。家族個々人の役割と責任とは何かを考えずにはいられない。また、介護に関わる、あるいは関わった経験のある人にとっては、介護者がこうむる体力・気力の消耗と孤独に共感をおぼえるだろう。他国出身の労働者を、その国の人間がどう見ているかも、日本の現状にトレースして考えることができる。あるいは革命後に国民が強いられる生活の激変や経済問題に思いをはせる人もいるだろう。
遠い、特別な地域の話ではない。今、世界中がこうした葛藤に直面している。その内実を追体験させる作品だ。
(たきい・あさよ ライター)

