書評

2026年10月号掲載

活字への、はしごをかける本

キム・サンウク(原案)、キム・ハヨン(文)ほか『とびだせ! 科学だモン 1―キラキラ! 「光の正体」編―』

笹沼颯太

対象書籍名:『とびだせ! 科学だモン 1―キラキラ! 「光の正体」編―』
対象著者:キム・サンウク(原案)/キム・ハヨン(文)/チョン・スンギュ(絵)/カン・シンチョル(監修)/全彩香(翻訳)
対象書籍ISBN:978-4-10-357181-0

「うちの子、マンガばかり読んでいて……」
 これは、私がオンラインの読書教育サービス「ヨンデミー」を運営するなかで、保護者の方から数多く届くご相談です。活字メインの本に進んでほしい。けれど本人はマンガに夢中。何か働きかけるべきか、そっと見守るべきか。無理に働きかけてしまったら、読書そのものが嫌いになりそうで怖い……そんな心の声が聞こえてくるようです。
 世間では「読書離れ」が進んでいると言われて久しいですが、一方で、読まれている冊数自体はここ30年で落ちるどころか増えているという調査結果もあります。だからこそ、私がいつも気になるのは、子どもが本を読んでいるかどうかよりも、いま何を読んでいるのか、のほうです。
 話は逸れますが、いくつかの学校で、朝読書の時間を見せていただく機会がありました。先生のお許しを得て、教室の後ろから、一年生から六年生まで、子どもたちの手元を順にのぞかせてもらいました。一、二年生は、意外なほどまちまちです。絵本が多く、一人ひとり違うものを開いている。活字の量も本のジャンルも、いろいろ。ところが、三年生になったあたりから読まれるシリーズがだんだん固定されていきます。そこから六年生まであまり変わりません。もちろん、「読める子」はいます。大人も顔負けの活字本を読んでいる子はどのクラスにも数人いて、ぐんぐん成長していきます。けれども、多くの子の手元にあるのは、文字の少ない学習マンガや、幼年童話の手前くらいの本ばかりです。個々に見れば素晴らしい作品ですが、みんながみんな同じような本を読み、それが4年間も変化がないとなると、少し不安になります。
 これは、いわゆる「アフターゾロリ問題」と呼ばれる現象です。「かいけつゾロリ」シリーズ(ポプラ社刊)くらいの本までは、順調に活字の多いものを読めるようになっていくのですが、その後がパタッと途切れてしまう。活字メインの本へ進まないまま、マンガのほうへ流れていくか、そもそも本を手に取らなくなるというケースもしばしば。これは、子どもたちだけの問題ではないでしょう。
 こんな時、せめて知識にもつながればと、親御さんが手渡すのが学習マンガ。事実、素晴らしい本がたくさんあります。ただ、正直に申し上げましょう。多くの子は、活字の多い解説ページは読み飛ばしています。一部の子はそこから興味を広げていきますが。それでも「このページは読むところじゃない」という手つきでめくっていく姿を、私は何度も見てきました。マンガと活字には、大きなギャップがあるようです。やはり、いわゆる活字だけの本を読めるようになるまでには、思いのほか高い壁があるのです。
 その壁に、マンガのかたちをした「はしご」をかけてくれる一冊が、韓国からやってきました。題名は『とびだせ! 科学だモン 1─キラキラ! 「光の正体」編─』。物理の概念が「イデモン」というモンスターになって騒動を起こす、新しい学習マンガ。本国ではすでに十巻を超え、累計十四万部だそうです。
 最大の仕掛けは、マンガと小説の「同居」です。本編のページを開くと、吹き出しつきのイラストと小説の地の文が、ひとつの見開きのなかに並んでいます。しかも巧妙なことに、小説の文章をあまり読まず、絵と吹き出しを追うだけでも、ある程度筋がわかるように作られています。文章を読み飛ばしてもいいの? と思われるでしょうか。いいんです。むしろ最初のハードルは低いほうがいいでしょう。それでもこの本は、マンガと小説が同じページにあるので、自然と活字が目に入りやすい形になっています。
 一度目はマンガだけ、二度目は小説も、という読み方もおすすめです。物語の結末を知ってから読み返すと、内容がわかっているぶん、字面を追う負担が軽いからです。大人はつい「それ、もう読んだでしょ」と言いたくなりますが、筋を知ったうえでの再読は、読む力が伸びるまたとない機会。この本には、読み返すたびに登っていける「読解のはしご」がそっと仕込まれているのです(総ルビなのも強調しておきたいところ!)。
 そして章末の解説「ヒミツ研究日誌」も素晴らしいです。これは、構成としては学習マンガによくある(あの読み飛ばされがちな)解説ページです。しかし、ここにも工夫が盛り沢山。何しろ、このパートは、物語に登場する博士の研究記録という体裁をとっているのです。しかも、直前の章で起きた事件を取り上げて解説しています。キャラクターとも本文とも地続きなので、「ここは読むところじゃない」という手つきになりにくいのです。
 一度目はマンガとして。二度目は小説として。そして、どこかで物理への入り口として。一冊で二度も三度も読める、長くつきあえる本です。「読める」と「読みたい」の壁は、大人が引き上げて登らせるものではなく、子どもが自分のはしごで登っていくもの。「マンガばかり」とため息をつく前に、どうかそっと、この本を置いてみてください。子どもは自分のペースで、はしごを登り始めます。

(ささぬま・そうた 株式会社Yondemy代表取締役)

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