書評

2026年10月号掲載

まるで「春画」原本に触れられるかのよう

早川聞多『浮世絵「春画」の絶技─こんなに凄い『花鳥余情 吾妻源氏』─』

アンドリュー・ガーストル

対象書籍名:『浮世絵「春画」の絶技─こんなに凄い『花鳥余情 吾妻源氏』─』
対象著者:早川聞多
対象書籍ISBN:978-4-10-357221-3

 早川聞多氏は、国際日本文化研究センター(日文研)に勤めていた頃、40年近く前に「春画」に出会って以来、様々な角度からこのジャンルについて調べてこられました。春画は長いこと日本ではタブーだったため、大学の教授が研究するには難しい対象でした。ようやく平成になった頃に、春画の局部にぼかしを入れることなく出版できるようになりました。
 早川氏は、まず春画の実際の内容、特に詞書を徹底的に翻刻し、現代語訳することを基礎として解説を書かれました。また江戸時代の春画の読者を調べたり、春画の面白さ、とくに笑いとヒューマニズム(和合)を論ずることで春画のイメージを一変させました。
 早川氏は春本(艶(え)本(ほん))を広く調べていくうちに、多くの発見をされました。そのひとつが、25年ほど前に出会ったという江戸時代の文化から天保期(1804~1845年)の超豪華木版摺りの春本でした。
 春本は享保期から徳川幕府の出版禁止令(1722年頃)の対象になりましたが、通常の本屋仲間の出版申請と許可の手続きを経ずに、一種の暗黙の了解のようにして出版されていました。その上、寛政の改革以後(1790年代)には奢侈禁止令が出され、豪華な摺りの本は一般的に出版できなくなりました。
 しかし春本はきちんとした奥付がない本なので、本屋仲間や幕府の取り締まりの目から逃れ、逆に自由に豪華本を出版することが可能となりました。結果として、その時代、つまり18世紀の末から19世紀の前半に、皮肉にも、最も技術的に優れた豪華な木版摺りは、春画の本にあるということになりました。すなわち春本を除いて、浮世絵や木版の出版文化史を語ることはできないのです。
 本書で取り上げられた歌川国貞の『花鳥余情 吾妻源氏』(1837年刊)は、豪華本の素晴らしい例のひとつです。早川氏は、このような本を読者に味わってもらうにはどうしたらよいかと、現代の製本・出版技術の専門家(印刷技術者や写真家など)に相談しながら、この傑作の魅力を木版の技術の魅力に注目することで、ようやくこの一冊をものされました。
 さらに早川氏が主張しているのは、江戸時代の浮世絵は一人の絵師(例えば、北斎や広重など)だけの作品ではなく、絵師の他に、彫師や摺師などとの共同制作であることです。
 この本一冊だけで、浮世絵春画とは何であったのか、目の前に開けてくるでしょう。世界に誇る日本の木版文化を代表する春本の原本の写真がただ掲載されているだけでなく、細かないくつもの角度からの部分写真も参考として入っています。それぞれの絵を解説によって理解しながら、日本のレベルの高い木版技術をはっきりと見て取ることができます。
 通例、春本には絵が多く、肝心な図はセックスを描いている場面です。しかし『花鳥余情 吾妻源氏』にはそれだけでなく、風雅な恋話が長々と載っています。文章の翻刻の頁に原文の写真も載せて、読者は元の詞書を味わうことができます。
 本書は早川氏の博識と熱意から生まれました。木版の技術を調べるためには、歌川国貞のこの本の3点に絞れば、技術の偉大さがわかるといいます。それらは毛彫り(髪の毛ほか体全体の毛)、凹凸表現(窪み、空摺など)、光沢(金銀箔摺、雲母摺など)という技法です。
 そして本の構成については、原本の見開きの頁の内容を解説しながら、摺りの特徴を、部分写真を参考図として(紙の裏側の写真も含めて)、細かく分析しています。まるで原本の紙に触れられるような気までします。こう観てくると、あまり表には出てこない彫師と摺師がどれほど骨を折ったのかということがしみじみとわかります。
 本書は、さまざまな工夫を凝らして、読者がこの春本を楽しく読めるように導いてくれるのです。

(アンドリュー・ガーストル ロンドン大学東洋アフリカ研究学院名誉教授)

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