インタビュー

2012年6月号掲載

『幼少の帝国』刊行記念特集 インタビュー

初めてのジャンルへの挑戦

阿部和重

阿部和重

対象書籍名:『幼少の帝国』
対象著者:阿部和重
対象書籍ISBN:978-4-10-418003-5

 ――初めてのノンフィクション作品ですね。

 はい。もともとは、担当編集者が純文学からノンフィクションの部署に移って、久々に仕事を、という話から始まりました。ただ、ノンフィクションという形式には小説家としてかねてより関心を持っていました。わたしの小説の中では、さまざまな荒唐無稽な出来事が起こりますが、リアリティを与えるために、既存の書物からの引用という手段をよく使います。あるいは、現実の出来事を物語上の事件と符合させるために分かりやすい日付を使うなど、フィクションとノンフィクションの境目で作品を組み立てる志向がありました。ですから、ジャンルの移行は必然という気がしますし、『幼少の帝国』は小説の新作として読んで頂いてもいいと思います。

 ――タイトルは、例によって何かの由来があるのですか?

 1970年に出たフランスの批評家ロラン・バルトの『表徴の帝国』のパロディです。翻訳は74年に新潮社から出ていますが、皇居を「いかにもこの都市は中心をもっている。だが、その中心は空虚である」と規定した一節で名高く、外から見た日本文化論の代表格として今でも版を重ねています。わたしはバルトの本のスタイルを借りることにより、外国人のように日本を見ようと試みたのです。

 ――日本は「幼少の帝国」、幼稚な国だという見解は、むしろ常套句的に語られていますね。

 もちろんです。現代日本に「成熟拒否」傾向を見る言説はありふれていますし、もはや欧米でも類型になりつつあります。わたしは、そのテーマに新たな見解を打ち立てようと試みたわけではないのです。むしろ、紋切り型を借り受けることにより、現代日本文化の「成熟拒否傾向」のイメージを更新して、議論を終わらせてしまおうという野心がありました。

 ――それにしても、なぜ、「成熟拒否」をテーマに選んだのか気になります。

 わたしの小説が、さんざん「幼稚」だとか、「子供っぽい」とか批判されてきて、他人事と思えなかったからです(笑)。この作品の中には、自分自身のたどってきた過去を振り返るパートもあり、結果として、小説家としての原点に回帰するような仕事になった気がしています。

 ――「成熟拒否」を「アンチエイジング」と読み換えて、美容整形の最前線を取材するなど、アクロバティックな作業を進めている最中に、3・11が起きました。

 もともとは他人事のように日本を見るつもりだったのですが、新たな態度の決定を迫られました。考えた末、起こってしまった状況をきちんと受け止めて、日本を直視すべきだという結論に達し、2011年の5月11日から12日、その7カ月後の12月10日から12日に被災地取材を行いました。

 ――新たなジャンルに挑戦している間に大事件が起こるというのも、恐ろしい偶然ですね。

 当然ながら、さまざまな言説が世に溢れましたけれど、わたしはともあれ現地を見ようという態度に徹しました。すると、たとえば「第二の敗戦」という終戦後と重ねる見方はちょっと違うのではないか、など、さまざまな考えが生まれました。今回の大震災からの復興は、おそらく終戦直後より難しいはずです。だからこそ、安易に原発の再稼動をしたりせずに、新たな技術の可能性をじっくりと検討する姿勢が大切ではないかと考えています。

 ――「仮面ライダー」や「スーパー戦隊」など、たのしい話題も多く取り上げられています。

「ニチアサキッズタイム」の大ファンなので、最高の取材でした(笑)。エンターテイメント産業や、日本の製造業を支える小型化技術も、すべて老練な職人芸によって成り立っています。「幼少」の中味が実は「成熟」なのではないか、という新たなる仮説を、さまざまな方向から立証できたのでは。

 ――15回にわたる連載を終え、単行本にまとまったわけですが、ご感想はいかがですか?

 ちゃんと歩いて作った本ですし、とにかく、わたし自身が鍛えられました。ご存知の通り、ほとんど家に閉じこもっていますから、これだけ外に出るだけで珍しいことです(笑)。普段は自分の書いている小説のことしか頭にない人間ですから、ノンフィクション第一弾を完成させるべく、この二年間、過去と未来について、考えられることをすべて考え尽くす機会が与えられて、とてもよかったと思っています。

 (あべ・かずしげ 作家)

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