書評

2012年10月号掲載

海洋国家の国民として持つべき「海洋史観」入門書

宮崎正勝『海図の世界史 「海上の道」が歴史を変えた』

山田吉彦

対象書籍名:『海図の世界史 「海上の道」が歴史を変えた』
対象著者:宮崎正勝
対象書籍ISBN:978-4-10-603717-7

 本書は、海洋国家の国民として持つべき「海洋史観」の入門書である。
 海図から世界史をひも解く本書の試みは、海洋国家を自称する日本の歴史を考える上でも重要である。
 現在、「リスク」という言葉は「危険」「予想通りに行かない可能性」の意味で使われているが、本書によると、この言葉の由来は「海図のない航海」というアラビア語の航海用語である。世界史は、海図の存在しない冒険的な航海により作られてきた。そして、リスクを乗り越えたものが、海図を書き換え、世界史をつづってきたのである。
 2世紀にエジプトのアレキサンドリアで活躍したプトレマイオスの書いた世界図は、現代世界の形成につながっている。プトレマイオスは世界を俯瞰し、人の住む全ての土地「エクメーネ」を描いた。しかし、このエクメーネは地表全体の二割強にしか過ぎなかった。
 このエクメーネを越えようとした冒険心の強い航海者たちが、リスクをおかし「海上の道路」を開発した。このあらたに刻まれた海上の道路網が海図となったのである。言い換えると、プトレマイオスの世界図を越えるため冒険者のおこなった航海の軌跡が、海図を作り世界史をつくったのである。
 では、なぜ冒険者たちはエクメーネを越えようとしたのだろうか。大航海時代が訪れ、プトレマイオスの世界図に描かれていない世界が着目されるようになった。ヨーロッパの知識人たちの間で常識とされていたプトレマイオスの世界像を越えた情報が、冒険者の手で持ち込まれると、それを検証するために航海に出るものが現れ、海図が書き換えられてきた。多くの場合、それは黄金伝説を追い求めるものでもあった。たとえば、マルコ・ポーロの「東方見聞録」に登場する黄金の国「ジパング」。ジパングの伝説は、コロンブスを始めとした多くの航海者たちの関心を引いた。そして、1492年、コロンブスは大西洋へと乗りだし新大陸を発見することとなった。そして、あらたな海図は、世界史を作った。その潮流は、バスコ・ダ・ガマによる喜望峰航路発見、マゼランによる世界一周航海とつながる。
 本書は、航海史のみならず航海に関わる技術開発史にも言及している。18世紀、時計職人ハリソンは生涯をかけ揺れる船内でも正確に時を刻む船舶時計を開発している。ハリソンの時計のおかげで本初子午線を基準とする正確な経度の測定が可能となり、海図の精度が格段に向上したのである。
 海図の歴史は、すなわち国際交流史である。人間の営み、文化の伝搬、そして戦乱にも影響を与えてきた。現代、北極海を通過する新たな航路の開拓が進んでいる。海図は進化を続けるのである。

(やまだ・よしひこ 東海大学海洋学部教授)

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