インタビュー

2013年7月号掲載

『異国のヴィジョン 世界のなかの日本史へ』刊行記念特集 著者インタビュー

歴史と時間への旅

北川智子

対象書籍名:『異国のヴィジョン 世界のなかの日本史へ』
対象著者:北川智子
対象書籍ISBN:978-4-10-334341-7

――本書はどのような成り立ちで生まれた本なのでしょうか。

「カナダでの大学生活やアメリカ、ハーバード大学で日本史を教えた三年間を含め、十数年間を北米で過ごしてきました。本書は、その後ケンブリッジ大学に研究拠点を移し、ヨーロッパの各地を旅しながら、北米での経験の意味を改めて考え直す作業のなかから生まれた本です。ヨーロッパを歩き回ったのはほとんどはじめてでしたが、これから先どのように歴史を考えていくのか、その指針になるような旅でした。

 ハーバードで進行形で日本史を教えている時は準備で精一杯で、その意味を考える時間は持てなかったんですね。この本を書くことで、歴史を教える・歴史を書く意味がわかったような気がします。そのためには旅に出るということが何より大切でした。しかも歴史と時間を感じながら歩くことが。私にとっての日本史を超えて、日本の読者にも知ってほしいことが導き出せたと思うので、本という形にまとめました」

――やはりアメリカとヨーロッパとでは、歴史の理解に違いがあるのでしょうか。

「イギリスに移っておよそ一年が経ちます。長い歴史を持っている国ですから、自分が生きる今という一瞬が長い歴史の中に埋め込まれ、とても短く感じられますし、日本やアジアの中世史を専門にしている私にとっては、歴史家の視点から見て、比較対象がたくさんあります。

 アメリカには中世という時代がありませんが、イギリスには中世の要素が今でも豊富にある。歴史の“幹”が太いんですね。アメリカでは研究する際には、どうしてもアジアやヨーロッパの軸を持ち込み、他者として研究しなくてはいけませんでした。イギリスの歴史研究者たちにとっては、自分たちの歴史と比較できるわけですから、私が研究発表を行う際などにも、親近感を持って聞いてくれるように感じます」

――アムステルダムに始まり、ボン、パリ、ウィーン、ミラノと巡る旅でしたが、なかでももっとも印象に残ったのは?

「ボンですね。わたしはクラシック音楽が好きですから、ベートーベンの生地であるボンを訪れるのを楽しみにしていました。ベートーベン・フェストが行われる時期を選んだのは、彼が生まれたまさにその場所で、過去から現在に向けて鳴らされる音が聞きたかったから。時を超えて生きる時間、歴史に身を置いてみたかったんです。すばらしい街でした。

 ウィーンもこの旅において、とても重要でした。回想の中でニューヨークの同時多発テロ事件と東日本大震災とがクロスオーバーし、そういった大きく悲しい記憶を人はどのようにして消化すべきか、それを考えるきっかけになった街です。

 昨年、EUがノーベル平和賞を受賞しましたが、ポジティブなこともネガティブなことも含めて、戦後という時間を作ってきた試みとしてのEUを、この目で見たいという気持ちもありました」

――一年に何度か日本に帰る機会をお持ちですが、そういう目で見た時にどんな風なことを感じますか?

「これはどんな民族でもあることですが、日本人には日本らしさというものを追求する“癖”がありますよね。その日本らしさを、もう少しさまざまな比較の上で考えるべきではないかと思います。先進国のあり方はひとつではないですから。

 日本語を大切に扱うことは重要ですが、世界はバイリンガル、トリリンガルという時代になっていますから、共通言語としての英語は必須です。それも広い視野を得て相対的に自国のことを考える、ひとつの方法だと思います」

――四月からはケンブリッジ大学内のニュートン数理科学研究所のジュニア・メンバーになったとか。

「わたしの研究テーマのひとつに十六、十七世紀の日本やアジアの数学史がありますが、その時代はヨーロッパでもニュートンに代表される数学のクラッシックスが生まれた時代でもあるんです。数学というのは本来的にユニバーサルなものですから、世界史的な視点を広げられるのではないかと思って楽しみにしています」

 (きたがわ・ともこ 中世史研究者)

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