書評
2013年8月号掲載
祝『しゃばけ』1ダース記念 勝手に記者会見
対象書籍名:『たぶんねこ』
対象著者:畠中恵
対象書籍ISBN:978-4-10-146133-5
「波」読者のみなさま、こんにちは!
いやいや、このたびは実におめでたい。なんたって、「しゃばけ」の第12巻目の新刊『たぶんねこ』が完成したんですからね! 昔から、12というのは、ひとまとまりとしていい数字。十二支、十二星座、十二単に一年十二か月、12揃えば1ダースってね。つまり、私たちの心の本棚に「しゃばけ」が1ダースきれいに揃ったということです。
そんなわけで、今回は「しゃばけ」1ダース記念として、登場人物のみなさんに、特別記者会見を開いていただきました。といっても、記者は私ひとり。しかも、出席者の大半が人じゃなくて、凡人の私には姿が見えないという特殊な環境ですけど。とりあえず、見えない方々の声は、他の方に代弁していただくとして。さっそく、会場に向かいましょう。
会見場所は、江戸で一番繁華な通町にある、廻船問屋兼薬種問屋の長崎屋の店先。土蔵造り漆喰仕上げの堂々とした店構えで、三十人もの奉公人が働いている大店です。出席者は、この物語の主人公であり、長崎屋の一粒種の跡取り息子・一太郎さん。お父上の藤兵衛さん、お母上のおたえさん。手代の佐助さんと仁吉さん。一太郎さんのおさななじみの栄吉さんです。
記者 まず、一太郎さん、「しゃばけ」12巻目完成のご感想をひとことお願いします。
一太郎 それはもう、うれしいの一語に尽きます。ここまで元気にやってこれたということですから。 おたえ 本当に(涙)。 藤兵衛 まったくだ。よかったね。一太郎。 記者 元気にって……。若だんなは、朝起きると、無事であったと喜ばれ、立ち上がると、病では無かったとほっとされるという、筋金入りの病弱。物語の半分くらいは「寝付いて」らっしゃったような。 佐助 (じろりとにらむ) 記者 あ、別に文句を言ってるわけじゃありませんよ。やだな、怖いよ、佐助さん。六尺近い大男で超力持ち。お稲荷様から遣わされた「犬神」という妖(あやかし)で、怒ると、黒目が猫のように縦に細くなる……って、今、細いし。 仁吉 (佐助をなだめるように)よしなさいよ、このお方が怖がっているじゃないか。 記者 仁吉さんは、切れ長の目と整った顔立ちのいい男。江戸の娘さんたちにも評判のイケメンですが、実は「白沢」という妖で、佐助さんとともに若だんなを守ることに命をかけているお方ですね。初めて「しゃばけ」が世に出てから十余年。その歩みについて、お二人はどんなお気持ちですか? 佐助・仁吉 ……。 一太郎 すまないね。この二人の時の感覚は、百年単位なんだよ。十余年と言われてもピンと来ないのかもしれない。(と、袖の中が気になる様子) 記者 おや、若だんな、ひょっとして、そこに鳴家(やなり)たちが隠れているんですか? あー、一度でいいから見てみたい小鬼ちゃん。今、世間では「じぇじぇ?」なんて言う人が増えてますけど、やっぱり鳴家の「きゅわきゅわ」「ぎゅわぎゅわ」ですよね! 一太郎 こら。お前たち、じっとしておいで。あとでこの方が差し入れてくださった美味しいお菓子を分けてあげるから。 記者 お口に合いますかどうか……。これ、チョココルネって言いまして、お昼にしたり、おやつにしたり。結構いけるんですよ。あ、栄吉さん、ほら貝じゃないんで、吹かないでくださいね。ドバッと茶色い中身が出て着物を汚してしまいますから。 鳴家 (きゅいきゅい) 一太郎 私が布団にぐるぐる巻きにされた姿に似ているって? なんなら、屏風のぞきとか、獺(かわうそ)とかも呼びましょうか? 鈴彦姫なんかも、さっきからこの会見とやらが気になってるみたいだし。 記者 わー、本当ですか。若だんなの周囲には、たくさん妖たちがいて、何かと手助けしてくれますよね。 一太郎 それが当たり前になっているから……。 記者 そこ! そこですよ。妖がいて当たり前。はじめはアンビリーバボーな設定かと思って読み始めるのに、どんどんその世界に親しみを感じてしまう。「しゃばけ」の大きな魅力です。 一太郎 しかし、私も時には妖たちの力を借りずに、自分ひとりの力でやってみることもありますよ。新刊では、生まれて初めて、自分で仕事を探したんだから。 記者 「跡取り三人」の章ですね。三人の跡取り息子が、自ら仕事を探し、半月で稼いだ額を競うというお話。でも、そこには裏があって……。しかし、風が吹いただけでも体が心配な若だんなが、見つけた仕事は意外でした。茶店の女子たちからも商いのコツを教えてもらえたりする。これも若だんなの人徳ですね。 一太郎 (にっこり) 記者 この際だから、お話ししますが、以前、作者の畠中先生に「なぜ、若だんなは体が弱いんですか?」とお聞きしたら、「若だんなは現代のこどもに通じるキャラクターにしたかった。そうすると食べることに困らない、何不自由ない大店の若だんながいい。でも、それだと、主人公が強すぎるので、あえて体が弱いことにした」とおっしゃってました。読者としては、弱さやつらさを抱えた主人公だからこそ、共感できる部分が多い。命があることに感謝する若だんな、そして、自分の命にかえてもと若だんなを思う両親、妖たちの一途さに心打たれます。 一太郎 ありがたいことです。 藤兵衛 本当は丈夫でいてくれるに越したことはないんだが。 記者 ただ、先生はこうもおっしゃってました。「もっと緊迫した世界を書こうと思って始めたら、なぜか、ゆるい方、ちょっと笑える方に行ってしまう」と。 一太郎 なるほどねえ。 記者 新刊では第二章「こいさがし」が、楽しいですね。お見合いで金儲けをたくらんだものの、しっちゃかめっちゃかになっていく。お見合いに河童娘まで混じっているんですから。商家の娘と見合いする懐の寒いお武家さまには、恋人の茶屋娘がいて、河童娘には婿候補が二人いる。江戸の「婚活」みたいなお話です。読んでいて、ほっとしたり、笑ったり。 一太郎 私も於(お)こんさんも、いろいろ考えたんだが、結局、思いもよらない結末になってしまって(苦笑)。 記者 於こんさんといえば、長崎屋で行儀や料理などを修業していた娘さんですが、驚くべき実力で(笑)。 鳴家 「きゅい、自分の髪、結うこと於こんさん、下手ーなんだって」「縫い物も、駄目。針、持ったことがあるのかって、おてつさんに聞かれてた」「飯炊き。ぎゅべー、お釜の飯、焦がしてた」「料理、不味ーっ!」(『たぶんねこ』本文より)。 一太郎 そのぉ、不器用みたいだったから。 記者 不器用だったり、病弱だったり、完全無欠でない人々が支えあう姿も重要ポイントです。 栄吉 あんた、結局、何を聞きに来たんだ? 記者 出たな、元祖不器用人! 若だんなの唯一の友人だが、本職の菓子作りの腕はからきし。新刊第三章「くたびれ砂糖」では、栄吉さんが修業している安野屋で騒動が起こります。安野屋には、超生意気な平太と張り合う梅五郎、不愛想な文助という小僧がいて、指導役の栄吉さんも手を焼いています。そんな折、安野屋さんで、薬湯に何かが混入されるという事件が。現代の少年犯罪に通じる重さがありました。 栄吉 まさか、あんなことになろうとは。 記者 まさかという点では、第四章「みどりのたま」は、ハラハラしましたね。出だしから、サスペンスタッチで、血のにおい、記憶喪失、誰に何が起こったのか、わからない。畠中先生が師事した都築道夫先生の影響かも?という気がしますが、こんなタッチの「しゃばけ」世界があるんだと発見できる一章でした。 一太郎 私もどうなることかと。 記者 若だんなのピンチといえば、最終章「たぶんねこ」です! 居場所を探す幽霊月丸につきあった結果、恐ろしい強盗殺人事件に遭遇。ここで、私は思い出したのです。「しゃばけ」が初めて世に出たとき、作者は鈴彦姫に「まったく、妖より恐ろしいのは人でございますよ」と言わせている。シリーズには、その思いが貫かれていますね。ほんわかしているようで、ハッピーエンドばかりじゃない。人の闇も描く。「しゃばけ」の読者カードに「人に薦められて読んだらハマった」という反響が多いのは、重要だと思います。 一太郎 まったくその通りだね。ふ、ふいっ(くしゃみをする)。 佐助・仁吉 あっ、若だんな!! もう、お部屋に帰りましょう! すぐに、こがし湯を作らないと。ほらほら、会見はお仕舞だよ。なんだ、その四角い小箱は? 記者 あ、あのフォトセッションを……。 佐助 (完全に目が細くなっている) 記者 ひいいい?。 一太郎 悪いね。また、いつか。 鳴家 (きゅいきゅい?) 記者 あれ、今、声が聞こえたような。聞こえましたよね、みなさん?(ぺりー・おぎの 時代劇研究家)