書評・エッセイ

2013年12月号掲載

啞啞青春

――竹邑類『呵呵大将 我が友、三島由紀夫』

水谷八重子

対象書籍名:『呵呵大将 我が友、三島由紀夫』
対象著者:竹邑類
対象書籍ISBN:978-4-10-334851-1

 どんな時代でも、どんな人にでも、「青春」と云う時がある。
 竹邑類(たけむらるい)先生にも、私にだって「青春」があった。
 あった、と云う過去形になってしまった今、この「呵呵大将」に出逢った。
 路地の曲がり角でバッタリって感じで出逢ってしまったのだ。
 強烈な出逢いだった。いきなりぶつかって、いきなりホッペタを張られたような出逢いに感じられた。
「ネッ! 青春って忘れるモンじゃないんだよっ」
 あの、演出家と女優としてしか付き合いの無かった、あの、竹邑先生が急にピーターになって目の前でジャジャーンとポーズを決めた。
「三島由紀夫って知ってる?」
 挑むように云ってるピーターに「私だって知ってるモン」って言い返す自分を感じた。
 三島先生に初めてお目に掛かったのは、母の楽屋だった。作家が母の楽屋にって良くあることで痩せてガリガリのこの先生と、何故、急に銀ブラすることになったのか、今やマダラに霞んでいて思い出せないが、ガリガリ先生がこう宣(のたも)うた。
「君の本の読み方を当てようか。後ろの方からパラパラめくって、セリフの所でちょっと止まって読んで、なーんだ、凄くない。でその本は終わり。やっぱり僕の本、あげないよ」見事に大当たりでびっくりしたのを思い出す。
 次に思い出すのは、何処か下町の人出の多いロケ先だった。ガリガリ先生はボディビルですっかりカッコ良くなって、人気者。主演映画のロケだった。増村保造監督は大好きな監督さんだったが、三島先生にだけメチャクチャきつかった。大勢の見物人の中で遠慮なく大声で怒鳴った。
「それがセリフか。日本語が苦手なのか。どこの国の言葉でも良いから、もっと上手くしゃべれ」「ご免なさい。日本語しか云えません」と主演者が詫びる。大勢の見物人が聞いている。「先生! 何故こんな酷いこと云われて怒らないの? 私、怒っても良い?」先生にしがみついて小声で云った。私の腕を優しく掴んで先生がささやいた。「アイツ、同級生なんだよ。僕を虐めたいんだよ。大丈夫」
 日生劇場で「アラビアン・ナイト」に北大路欣也さんを誘惑する役で出演した。三島戯曲のセリフに初めて出会った時だ。形容詞だらけのこのセリフ。ようし、どこまでリアルな言葉に出来るかやってみよう。大失敗。大敗北。「良重はまともにセリフをしゃべれない」と劇評に書かれちゃった。3日間だけ先生が特別出演、「詩人の奴隷」と云う設定で終演後に舞台稽古をした。先生はご自慢の筋肉に金粉を塗って、金のターバン。金のハーレムパンツで詩の一節を朗読なさる。いざ本番前、先生はカタカタと震えて止まらない。
 私、思いっきり抱きしめたいほど先生が可愛くなってしまった。
 ピーター。あなたの青春は新宿とモダンジャズ。私のは銀座でウエスターン。
 そして共通するのが、あの偉大な三島由紀夫先生とちょっとハイミナールに「逆さ言葉」。
 今ね。イヤって云うほど素晴らしい「青春物語」を叩きつけられたって感じ。
 退廃的に青春をむさぼって楽しんだのねピーター。
 あなたの青春にはいつも三島先生がいらした。妬ましいほど羨ましいわピーター。
 先生って本当に国を憂いて、死んでいったって思う?
 あんな可愛い先生が本気でなさったとはどうしても思えないの私。ガリガリ君が黄金の肉体美をつくり、能から歌舞伎、オペラ、才能を使い切れないほど持ちすぎて、ロココのお家に美しい奥さま、すべてを手にしてしまわれた。でも、美しい肉体は?
 先生カタカタ震えていらしたんだと思うわ。だから、だから、あんな信じられない大詰めをお書きになったんだって私は思うの。
 私たちは、残された道を歩いて行くんだわ。「青春」を宝石箱に入れて。
 ああ、やっぱり、あなたが妬ましい。

 (みずたに・やえこ 女優)

最新の書評・エッセイ

ページの先頭へ