書評・エッセイ

2014年3月号掲載

ヒトの脳と動物の関係

小林朋道『ヒト、動物に会う コバヤシ教授の動物行動学』

小林朋道

対象書籍名:『ヒト、動物に会う コバヤシ教授の動物行動学』
対象著者:小林朋道
対象書籍ISBN:978-4-10-610557-9

 昨年、ニホンザルの脳内で、ヘビを見せたときのみ強く反応する神経が見つかった。実験では、サルの威嚇顔や手、幾何学的模様なども見せられたが、発見された神経はヘビに対して選択的に反応した。従来から、ヒトも含めた多くの霊長類がヘビに特別な恐怖を示すことが知られていたが、その現象が、細胞レベルで確認されたと言ってもいいだろう。このような発見は、ヒトの形態や精神が、いまだに、ヒトの本来の生息地(自然の中)に適応しており、自然との接触を前提に組み立てられていることを示唆するものである。
 また、近年の脳研究の発展により、次のような知見も得られている。ヒトが生物を認識しているときは脳の側頭葉の一領域が活動し、無生物を認識しているときは、その領域は活動しない。つまり、ヒトの脳には、生物を認識するための専用の情報処理系が備わっているということである。そして、不幸にも、その領域に何らかの損傷を受けた場合、生物の違いを理解することも、生物の活動の理由を推察することもできなくなる。生物の世界が混乱した事物の映像にしか見えなくなるのである。さらに、患者によってはその混乱が自らの生活領域にまでおよび、何でも食べようとしたり、行動が支離滅裂になったりすることもあるという。
 ちょっと深刻な話になってしまったが、私が言いたかったことは、「生物とふれあうことは、ヒトの心身の健康な成長にとってとても大切なことだ」ということである(もちろん、生物とさえ触れ合っていれば万事うまくいくということではないが)。ヒトの精神をつかさどる脳についてだけ考えても、生物を認識する専用の神経系が存在し、さらには、ヒトの生存に特に重要な影響を与えうる生物(ヘビなど)に対しては、特に選択的に反応する神経も存在している。日常生活の中ではそれを意識することはないが、ヒトはこういった脳の活動に支えられてこそ、あたりまえの世界を感じて生きることができるのである。その上で思うのだが、「網膜の視神経は光を受けるからこそ正常に発達する。われわれの脳も、鋳型になる刺激を待っているのではないだろうか」。少なくとも小学生までの子どもたちが、生き物に対して示す強烈な関心は、それと無関係ではないだろう。
 私は、昆虫から哺乳類までさまざまな生物たちと濃厚なふれあいをもつことができる環境で育った。「今も、子どものころと変わりない環境で生きていますね」と言われれば……反論しづらいが。
 本書は「波」に連載したものに書き下ろしを加え、全体をブラッシュアップしたものである。平たく言えば、個人的な楽しい思い出を、楽しんで書いたのだ。でも、おそらく、生物の知られざる習性や、生物と知性と感情で深くふれあって喜んでいるヒトの話を聞いて嫌な思いをするヒトはあまりいないだろう。むしろ、そういう話を聞いて楽しい気持ちになるヒトはたくさんいるだろう。
 読まれた方の脳が益々活性化されますように!

 (こばやし・ともみち 鳥取環境大学教授)

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