書評・エッセイ

2014年10月号掲載

威勢のよいスローガンの下で行われていること

――池田清彦『世間のカラクリ』

池田清彦

対象書籍名:『世間のカラクリ』
対象著者:池田清彦
対象書籍ISBN:978-4-10-103530-7

『世間のカラクリ』と題する本を新潮社から出して頂けることとなった。二〇一三年の六月から連載しているメールマガジン「池田清彦のやせ我慢日記」を抜粋して編集したものだ。権力がどんなペテンを弄して国民を騙すかを多くの人に知ってもらえればうれしい。
 三・一一の大津波と原発の大事故は、日本の国力をかなり脆弱なものとした。多くの国民は日本が三流国へ転落していくのではないだろうかとの危惧を覚えたに違いない。国力とは当然ながら、国民の平均的な幸福度のことである。このままでは健やかに老いることが、徐々にかなわなくなるかもしれないとの不安に、苛まれていた人は多かったろう。
 不安を払拭して国力を維持するためには、国の借金をこれ以上増やさず、原発を止めて、国民の安定的な収入と雇用を保証する、本当の意味での政治システムの構造改革を徐々になしとげる以外に道はないのだけれども、かなり多くの国民は不安に目を瞑って、魔法のような方法を待望したのであろう。
 強がりを言って不安を追い払おうとするのは、心の弱い人間の常だが(ネトウヨはその典型である)、自信を喪失した少なからぬ数の日本人がネトウヨ的感情に陥っていたのであろう。ネトウヨは、安倍の中韓に対するタカ派的発言で溜飲を下げたかもしれないが、溜飲を下げても国力は上がらない。
 安倍が国民に対する目くらましに行った政策は、体力の弱った人に、高価な覚醒剤を打って一時的に元気になったごとく見せかけたようなもので、いずれ体力はさらに落ち、瀕死の人になるに違いない。覚醒剤とはアベノミクスによる円安誘導と株価の吊り上げ、さらに赤字国債の発行による好景気対策であるが、二年もたたないうちに化けの皮が剥れはじめ、非正規雇用の割合も貿易赤字も、共に過去最大となり、実質賃金も下がっている。利益を得たのは一部の特権階層だけだ。
 化けの皮が完全に剥がれる前に、安倍政権が進めたのは、内田樹が正しく見抜いたように、日本国の株式会社化である。「日本を取り戻す」という威勢のよいスローガンの下で、デフレ脱却、貿易立国、公共事業で景気を浮揚して、アメリカ従属から脱却して強い日本を作るという、安倍政権が撒き散らした幻想とはうらはらに、実際に安倍がやったことは、さらなる対米従属と、グローバル・キャピタリズムの走狗となる選択であった。
 集団的自衛権とTPPの推進、非正規従業員の拡大と法人税制の改悪、原発推進など、どれひとつとして大多数の国民の利益になることはない。国民の利益にならないことを国民に押し付けるためのカラクリは「安全」「健康」「環境」という錦の御旗を上げて国民を騙す技術である。御用学者の重用とマスコミを巻き込んでの情報操作で、国民を騙し続けるつもりなんだろうが、いずれ天文学的な国の借金と国力の疲弊で、日本はドツボに陥っていくことであろう。
 たった一つの頼みの綱の日本発、科学技術の優位性も失われることになろう。この話は『世間のカラクリ』には載せていないので最後に少し触れておきたい。
 文科省は大学院の重点化を行い、予算の傾斜配分により国家戦略に合致した研究に資源(人と金)を割り振り、金になる研究のみを効率的に行うように誘導してきた。しかし皮肉なことにこの結果起きたことは小保方事件に象徴される研究倫理の堕落と、国際競争力の低下だったのだ。博士号の取得者は増加したにもかかわらず、日本の論文数は二〇〇〇年代の半ばを境に減少し続けている。科学技術予算の額は米・中に次いで第三位、英国の二倍近くに上るが、論文数もノーベル賞受賞者の数も英国に及ばない。安倍政権が進める競争至上主義が競争力の低下を招いているのだ。日本の近未来を象徴する出来事ではないか。
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 (いけだ・きよひこ 生物学者)

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