インタビュー

2014年11月号掲載

『みなそこ』刊行記念特集 インタビュー

今この瞬間に存在する儚さと美しさを

中脇初枝

対象書籍名:『みなそこ』
対象著者:中脇初枝
対象書籍ISBN:978-4-10-126042-6

――中脇初枝さんは十七歳で「坊っちゃん文学賞」を受賞し、一九九三年に受賞作『魚のように』が刊行されてデビューしました。八作目の小説となる本作はデビュー作と同じ、高知県の四万十川流域を思わせる場所を舞台に、東京から一年ぶりに帰省した主人公さわの経験したひと夏を描く物語です。

中脇 もう二十三年も小説を書いているんですね(笑)。自分でも驚きました。デビュー作もこの小説も、決して四万十川流域が舞台と特定してないのですが、二十三年かけてぐるっと回って戻って来たような感じがしています。

――くも採り、川遊び、台風などの豊かな自然の姿と、お盆や宴会の様子などその土地に暮らす人々の生活、風習が活き活きと描かれます。この小説を書くきっかけは何でしたか?

中脇 自分にとっては当たり前の世界だけど、その土地に住んでいる人しか知り得ないことが、世界中にあります。その中の、自分が知っている土地の綺麗なもの、美しくて感動したもの、それらを今そこに「ある」間に書きたかったんです。

――方言の語り口も印象的です。

中脇 高知県西部、幡多(はた)地方の言葉です。この地方は、高知県中東部とは異なる文化を持っています。言葉も、いわゆる高知の土佐弁とは違います。言語は使用人口が十万人を切ると廃れていくらしいのですが、もう十万ギリギリで。そういう失われていきつつある言葉というのは、日本中、世界中にあります。そのひとつの豊かさを伝えたいと思いました。

――大学で学ばれた民俗学を生かし、現在も昔話をわかりやすく書き直した再話も行っていらっしゃいますが、今作では高知県の昔話もエピソードとして活かされていますね。

中脇 昔話だけでなく、怪談や、「えんこうにひかれる」とか「のつごが来るぞ」といった、ちょっとした言い伝えをふんだんに盛りこみました。同じ土地で暮らす人たちの間で共通して語られるこれらの伝承が、その土地の人々の世界観を形作ります。この小説では、舞台となる小さな部落「ひかげ」での世界観です。主に幡多地方の伝承をもとにしていますが、土地により伝承は異なり、世界観も変わってきます。私は日本の各地を歩いて、その土地に暮らす人たちにお話を聞かせてもらうことが多いのですが、どこへ行っても、その土地なりの伝承があります。ただ、都市化してこれらの伝承が共有されなくなると、同じ土地で暮らしても、共通の世界観は失われます。「ひかげ」は、崩壊を控えている理想郷なのです。

――主人公のさわは幼少時からピアニストを目指すという設定で、随所でピアノが効果的に使われていますね。

中脇 実は私はピアノは弾けないし、楽譜も読めないんです。できないから、知らないからこそ惹きつけられるのかもしれません。音楽というものは、目に見えず、後にはなにも残りません。各地を歩いていると、お祭りでお囃子や歌を聞かせてもらうことがあります。一年に一回、お祭りのときだけみんなが集まってきて、笛を吹いたり太鼓を叩いたりする。プロの演奏家ではない人たちの音楽ですが、そのときにそこに行かないと聞けない音であることは同じです。その土地の言葉や言い伝えもそうですね。その時間と空間にだけ存在する――「ある」もの。その儚さと美しさを描きたいと思いました。

――二〇一二年に刊行された『きみはいい子』は児童虐待をテーマとした小説で、翌年の本屋大賞第四位になり、坪田譲治文学賞も受賞されて大変話題になり、次作の『わたしをみつけて』は施設で育った子供たちのその後を描いた小説です。この二作を読んだ人は、本作にとても驚かれるのでは?

中脇 その二作とは全然違いますし、私が恋愛を描くということだけでも意外に思われるかもしれない。でも予想外の展開に裏切られるというのも読書の醍醐味だと思いますし、それを楽しんでもらえればとも思いますが、一方で、まだ幼い読者がまちがって手に取らないように、帯などの惹句を検討していただきました。

 最近は特に、どうしても伝えたいことをなるだけ多くの方に、誤解なく届くようにと願って書いていますが、今回は自分の書きたいことを書きたいように書いてみました。デビュー作もそうなので、久しぶりに戻って来た感じですね。

――今後はどのような作品を書く予定ですか。

中脇 今書いているのは、日本と中国と韓国の来し方を辿る物語です。でも大きな物語ではありません。私は大きな声ではなくて、いつも小さな声に耳をすましていたいと思います。小さいけれど、日本中、世界中で囁かれているかもしれない声に耳をすまし、これからも書いていきたいと思います。

 (なかわき・はつえ 作家)

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