書評
2014年12月号掲載
純文学とSFの衝突から生まれた超新星
――上田岳弘『太陽・惑星』
対象書籍名:『太陽・惑星』
対象著者:上田岳弘
対象書籍ISBN:978-4-10-121262-3
新潮新人賞から、またまたとんでもない才能が出現した。上田岳弘のデビュー単行本『太陽・惑星』は、第45回(2013年)の同賞を受賞した「太陽」に、〈新潮〉14年8月号初出の「惑星」を併録する。「太陽」は太陽が主役だし、「惑星」は惑星が主役――という意味では思いきりストレートだが、文芸誌掲載作としては破天荒きわまる小説だ。
“厳密に言えば、太陽は燃えているわけではない”の1行で始まる「太陽」は、太陽内部の核融合で金(Au)が生まれる可能性がない理由を説明したのち、“金が必要だと切実に願いながら”新宿のホテルでデリヘル嬢を待つ大学教授・春日晴臣の視点に移動する。部屋を訪れた美女・高橋塔子は、“斜陽貧乏アイドル”として売り出されるはずだったのに3・11でその計画が反故になり、投下資金回収のためデリヘル店で働くことに――という背景を明かしたのち、舞台は20年以上前のアフリカに移り、おそろしく優秀な頭脳を持つドンゴ・ディオンムが(自分の遺伝子を使ってつくった)新生児を売る商売を始めた当時の話になる。その18年後(作中の現在)、ディオンムはいちはやく商売を畳み始めているが、「赤ちゃん工場」の実態調査のため、8人の有識者から成る国連調査団がやってくる(うちひとりが春日晴臣)。一方、高橋塔子は成金の中国人男性チョウ・ギレンに同伴する仕事でパリを訪れ、クリニャンクールでハローキティの無許可コピー商品を売るトニー・セイジ(ディオンムの赤ちゃん工場の初期製品)と出会う。
アフリカをあとにした調査団一行もトランジットでパリに降り立ち、引き寄せられるようにして同じ場所に集まってゆく――というサスペンスフルな展開の合間に、天才ディオンムがザンデ語のラテン文字表記で書いた(誰にも読まれなかった)論文の奇怪な内容が紹介され、そこで提唱される“人類の第二形態”という概念が後世で実現したことが判明する。さらには、ディオンムの9代後の子孫である田山ミシェルの考案した“大錬金”(核融合加速装置を使って太陽から金をつくる計画)によって人類が滅亡したことも……。
読みながら思い出したのはP・K・ディックの「非(ナル)O」という無名の短編。“もの(オブジエクト)は実在しない”という非O哲学を奉じる新人類が太陽系の惑星を次々に爆発させる一種のバカSFだが、上田岳弘はその種の壮大なばかばかしさを現代文学の枠組みに接合する(インタビューによれば、『猫のゆりかご』や『タイタンの妖女』が好きだというから、地球や人類に対する大胆不敵な扱いはヴォネガット譲りかも)。
“愛すべき偶然”によって主要登場人物たち(すでに触れた他にも、超人的に鼻が利く男や、IQ200超の大天才が出てくる)が一堂に会するクライマックスが近づくのと並行して、遠未来パートでは“大錬金”カウントダウンが近づき、小説は一種の終末SF/新人類SFへと変貌する。
最近の文芸誌新人賞受賞作は、小山田浩子『工場』、今村友紀『クリスタル・ヴァリーに降りそそぐ灰』、桜井晴也『世界泥棒』などSF要素を含むものが少なくないが、ここまでのスケールを達成したのはたぶん初めて。ライバルは、それこそ舞城王太郎『ディスコ探偵水曜日』くらいか。
併録の「惑星」は、“最終結論”である語り手(“惑星ソラリスみたい”とも評される)が“最強人間”である人物に送ったメールという体裁をとる。こちらの結節点は2020年の東京オリンピック。あからさまにスティーブ・ジョブズっぽい天才経営者がスタンリー・ワーカーという名前だったり、彼が開発中の新製品が“最高製品”だったり、彼にインタビューする日本のテレビが猫杓亭メバチなる人気お笑い芸人の冠番組だったり……という脱力ポイントを設けつつ、惑星上で生きる人類のテイヤール・ド・シャルダン的な(『新世紀エヴァンゲリオン』の“人類補完計画”的な)未来を、やはり壮大なスケールで描き出す。「太陽」ともども、時空を超越した、渡部直己の言う“移人称”的な(いやむしろ、ヴォネガット『スローターハウス5』のトラルファマドール星人のような)語りに、律儀にSF的な裏付けを与えているのも面白い。ジャンル純文学とジャンルSFの衝突から生じた新たな可能性の爆発に拍手。
(おおもり・のぞみ 書評家)