書評・エッセイ

2014年12月号掲載

『波の音が消えるまで』刊行記念特集

「バカラ」というリングで燃えつきるために

――沢木耕太郎『波の音が消えるまで』(上巻・下巻)

福本伸行

対象書籍名:『波の音が消えるまで』(上巻・下巻)
対象著者:沢木耕太郎
対象書籍ISBN:978-4-10-123523-3/978-4-10-123524-0/978-4-10-123525-7

 沢木さんとは長い付き合いになります。二十年程、対談やイベントのトークショー、プライベートでも何回か食事を一緒にさせて頂きました。「カイジ」シリーズをはじめ、ギャンブルを題材にした漫画を僕が多く描いていることもあって、「バカラをテーマにエンターテインメント小説を書きたい」ということは、以前から伺っていました。「バカラの必勝法を追求する男の物語」と聞いたときには、あの冷静で思慮深い沢木さんが博打(バカラ)の必勝法だなんて!と驚きましたが、バカラにはまっていく主人公の心の動きとストーリー展開が重なり、少しずつ、「世界」が構築されていく様が面白く、一気に読ませて頂きました。
 僕は実際にカジノでバカラをやったことはほんの少ししかなく、細かいルールは知りませんでしたが、主人公の伊津航平がバカラのルールをゼロから覚えていくので理解しやすかったです。バカラ台の上で繰り広げられる丁寧な心理描写にはリアリティがあります。あと、舞台となっているマカオのホテル、リスボアのカジノ場の熱狂と混沌も、熱風を浴びるように伝わってきて楽しかったです。
 また、基本ルールはもちろん、バカラというギャンブル「そのもの」の、魅力や恐ろしさも語られていて、そこも、沢木さんとギャンブル談義をしているようで楽しかった。
「バカラのバンカー(マカオでは『庄(ジョン)』と呼ぶ)とプレーヤー(『閒(ハン)』)、そのどちらかに張るだけという、この単純さ、純粋さが素晴らしい」
「が、ゆえに奥深い」
 そんなことを、沢木さんが話していたことを思い出しました。ただ、ひたすら、バンカーかプレーヤーか、「庄」か「閒」かだけを追っていくことで感じられる「波」については、僕が説明するよりも、小説を読んで感じてみて欲しいのですが、ディーラーや他の客ではなく、バカラを戦うことは、自分の欲をコントロールすること、つまりは、自分自身の内側との戦いであるということ、そして出る目をどう選択するか、どのタイミングでどのくらいの金額を賭けるか、賭けないかという、ある意味、答えの出ないこの「問い」に、沢木さんが何とか近づこう、躙(にじ)り寄ろうとしているのを、ずーっと感じながら、ずーっと楽しかった。
 沢木さんにとって、初めてのエンターテインメント小説ということですが、根底にある美学やその語り口は、これまでの作品と変わらず、上質です。特に航平の人物造形には、カシアス内藤という一人のボクサーを描いた沢木さんの名作ノンフィクション、『一瞬の夏』を思い出しました。航平は、サーフィンの才能があり、プロのカメラマンとしても成功し、周囲の人間からも好感を持たれる人間です。客観的に見れば幸せな人生なのに、彼はそんな「普通の幸せ」では決して満足できない空虚感のようなものを抱えていて、常に、「もっと燃えたい」と願っている。本当に熱くなれるものがない、と言い換えてもいいかもしれない。そんな航平を通じて、『一瞬の夏』で燃えつきることができなかった沢木さんが、今度は自分自身が「バカラ」というリングに立って勝負をしているかのようにも、僕は感じました。
 物語の進行とともに、航平はバカラの深みにどっぷりとはまり込んでいき、最終的に自分のすべてを賭けた極限の勝負に挑みます。究極の勝負に勝つか負けるか――極限状態に身を置いたときに生まれる人間の感情というのは、僕も漫画で描き続けてきたことなのですが、航平は果たして、瞬間的に燃え上がる炎のような烈しい高揚感を手に入れるのか、それとも破滅してしまうのか……。いずれにしても、「普通の状態で考えられること」のもう少し先、もう少し深い世界、ある「考え」に到達するその過程は、小説や漫画のような、コツコツと細かい描写を積み上げることができるからこそ可能な表現だと、今回改めて思いました。
 ちりばめられた様々なエピソードの真実が明かされ、淡々としていた語りが急速に熱を帯びる下巻は、より読み応えがあります。そして……必勝法の有無については、ぜひ本書を読んで確かめてみて下さい。

 (ふくもと・のぶゆき 漫画家)

最新の書評・エッセイ

ページの先頭へ