書評・エッセイ

2014年12月号掲載

閉じたままの想いを解き放つ風

――森晶麿『かぜまち美術館の謎便り』

吉田伸子

対象書籍名:『かぜまち美術館の謎便り』
対象著者:森晶麿
対象書籍ISBN:978-4-10-180098-1

 本書の舞台は、「かぜまち」。香瀬町と書くのだけど、音の響きは「風町」もしくは「風待ち」だ。その「かぜまち」にやって来た「風」、それがこの物語の真ん中にいる佐久間父子だ。
 佐久間は、東京では「カリスマ学芸員」として知られた人物で、「かぜまち美術館」の館長に招聘されて赴任して来た。五歳になる一人娘のかえでは保育園児。このかえでが見つけた“謎”を、佐久間が解き明かす、というのが本書の大まかな筋なのだけど、まず何よりも、このかえでちゃんが可愛い。とりわけ、かえで語録とでも呼びたい名言の数々は、本当にチャーミングだ。
 例えば、「失敗のミファミファ」。要は“繰り返し”のことだと、すぐに察せられるのだが、この五歳児ならではの言語センスがたまらない。町の駄菓子屋さんは、「大好き屋」さん、古びた廃屋は「お家さんが泣いちゃったの」、大きな樹の枝が伸びているのは「おててを広げている」……。小さな子どもは誰もが詩人だ、とはよくいわれることだが、かえでちゃんもまた詩人なのだ。そして、かえでちゃんの言葉たちの根っこにあるのは、作者の森さんとお子さんとの、日々のふれあいなのだと思う。森さんが、そのふれあいを大事にしていることが、文章の向こうから透けて見えるのが嬉しい(子どもの言葉というのは、本当に面白いので、育児まっさかりの親御さんたちは、お聴き逃しなく! あっという間に大きくなって、「うっるさいなぁ」とか、憎まれ口しか出なくなります故←当社比)。
 そんなかえでちゃんとしっかり向き合いつつ、かえでちゃんの想像力をさらに伸ばすような、佐久間父の姿も素敵だ。林の切り株を見たかえでが、「ぶかぶかの靴が落ちている。誰がおっことしたの?」と尋ねた時の、佐久間父の答えは「きっとゾウさんだ。暑くなって脱いだのかもしれないね」。このやりとりからだけでも、佐久間父の人柄と佐久間父子の仲睦まじさが伝わってくると思う。
 と、佐久間父子があまりに素敵なので、長々と書いてしまいましたが、本書の魅力は、もちろんそれだけではない。香瀬町に暮らす人々が、心に抱えつつ、けれどそっと封印してきたことどもが、かえでちゃんの気づきをきっかけに、佐久間父がその解決に一役買う、というミステリにもなっているのだ。そのミステリの真ん中にあるのは、夭折したある少年が描き残した絵だ。佐久間父子の隣に住む、宇野家のカホリの兄、ヒカリは、18年前、渓谷で心臓発作を起こし、川に倒れているところを発見されたのだ。生まれつき、心臓に疾患を抱えていたヒカリが、何故一人で渓谷に行ったのか。
 残されたヒカリの絵は、あるものはピカソの、またあるものはシャガールの、ミレーの、マティスの、と名画になぞらえたものだった。それらの絵に込められたヒカリのメッセージ、それこそが謎解きの鍵になっているのだが、それらの絵を読み解くのが佐久間父だ。これが、単なる物語上の謎解きだけではなく、そもそもの名画自体の“読み方”にもなっていて、あぁ、あの絵が、とか、あの絵にはそんな意味が、と頭の中に“!”が重ねられていくのもいい。そう、本書は極めてわかり易く、かつ、蒙が啓かれる美術ミステリなのだ。
 一つ一つの謎が、やがて太い連なりになって、ヒカリの死の謎に結びついていくのだが、そこに至るまでの道すじが、実に鮮やかだ。一枚一枚の絵に込められた謎が解けていくにつれ、何故、ヒカリが渓谷で命を落とすことになったのか、その理由が少しずつ見えてくるのだ。やがて浮かんでくる、“ミツバチ”と呼ばれていた郵便局職員が抱えていた昏く、深い闇。行方不明中の彼は、今、何処にいるのか。
 さらには、それぞれの謎には、その謎に関わる人々の秘めやかな想いがからんでいるところもまた、心憎い。叶わなかった初恋、はからずも父と娘の間にできてしまった溝、夫婦の間に横たわる過去……。開けるのが辛いから、閉じたままにしていたそれらの想いが、佐久間父によって解き放たれる時、人々の心に風が吹き渡るのがいい。
 佐久間父子がもたらしてくれる心地よい風が、多くの読者に届きますように!

 (よしだ・のぶこ 書評家)

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