書評

2014年12月号掲載

美食の国の、幸せごはん。

――オプティ美保・高崎順子『パリ生まれ プップおばさんの料理帖』

高崎順子

対象書籍名:『パリ生まれ プップおばさんの料理帖』
対象著者:オプティ美保/高崎順子
対象書籍ISBN:978-4-10-336971-4

 自他ともに認める美食の国、フランス。首都パリには世界中から食道楽が押し寄せ、数ヶ月前から予約で席が埋まってしまうお店がいくつもあります。そんな食いしん坊の天国で食ライターの仕事をし、日本の皆さんにパリのおいしいアドレスをお伝えしながら、はや15年。その間にフランス人と結婚し、現地の一般家庭との親交が深まるに連れて、ちょっと困った事態が発生しています。
「ああ、おいしい……これを日本のみなさんにも味わってほしい!」。そう心から感じるものの多くが、お呼ばれでいただく家庭料理。つまり、お店でお金を出しても食べられないものばかりになっているのです。
 フランスでの会食はホームパーティが基本で、多くの場合、ホストの手作り料理でもてなされます。とはいえ目的は「楽しく一緒に分かち合うこと」なので、ホストが準備で疲弊してしまうような、手の込んだものは出されません。シンプルかつ、どんなゲストもおいしく食べられる、万人好みの定番料理が食卓に並びます。
 そしてそれらの料理は、ホストのご両親や、そのまたご両親の代から作られ、食べ継がれてきた「我が家の味」でもあります。それぞれのおうちの、それぞれのおいしさ。目の前の家族や友人を思って作られ、差し出される日々のごはん。それがなんともまぁ、しみじみと味わい深いのです。
 その家の菜園で採れた、季節の野菜のサラダ。ホストがおばあちゃんから教わったという仔羊肉の煮込み。「おらが自慢」の味付けで焼き上げたバーベキュー。森で摘んできたラズベリーのタルトに、近所の農園で分けてもらった絞りたてミルクで作るプリン。庭の鶏が生んだ卵の、濃厚なオムレツ。いくら食べてもまだ食べたい、何度食べても飽きない、不思議なおいしさに満ちています。あとはワインとチーズがあれば、もう十分。ああ……思い出すだけでほほが緩んでしまいます。このほわん、と包まれるような幸福感は、プロのお店でいただく端正なお料理から得られる満足感とは、大きく違うものです。
 家庭料理ならではのこの幸せなおいしさを、日本のみなさんに知ってもらうにはどうすればいいのかしら? 数年前から、パリ在住の食いしん坊友達であるオプティ美保さんと、そんな話をするようになりました。フランスのグルメ一族・オプティ家に嫁いだ美保さんも、家庭料理のおいしさに魅入られた一人。料理上手である嫁ぎ先のおばさまと一緒に、日本の方にフランス家庭料理を教えるお教室を主宰しています。
 そんな私たちのおしゃべりに端を発し、この秋、1冊の本が出来上がりました。『パリ生まれ プップおばさんの料理帖』です。プップさんはほかでもない、美保さんの、お料理上手のおばさまのこと。一族に代々伝わる素晴らしい家庭料理のレシピの持ち主で、94歳である彼女自身も、家庭料理の豊かな幸せ感を体現したような、とてもチャーミングな方です。お住まいはパリの高級住宅地、16区パッシー。食道楽のブルジョワ家庭に生まれ、おいしいものに囲まれて育った、生粋のパリジェンヌ。23歳で結婚後、時代を先駆ける職業婦人として忙しい日々を送りながら、3人の子供達を愛情たっぷりの手料理で育てあげました。
 本には春夏秋冬の献立レシピを中心に、プップさん自身の「これまでのお話」も盛り込みました。そこには、なぜ家庭料理はこんなにもおいしいのか、その秘密がたくさん詰まっています。美食の国の幸せごはんを、みなさんの食卓にもぜひ、どうぞ!

 (たかさき・じゅんこ ライター)

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