書評
2015年8月号掲載
人類の壮大な歴史をたどり、未来を読む
大塚柳太郎『ヒトはこうして増えてきた 20万年の人口変遷史』
対象書籍名:『ヒトはこうして増えてきた 20万年の人口変遷史』
対象著者:大塚柳太郎
対象書籍ISBN:978-4-10-603773-3
ダン・ブラウンの『インフェルノ』(越前敏弥訳、角川書店)は、「人口文学」と呼ぶべき作品である。人口爆発による人類の滅亡を憂えるスイスの大富豪ゾブリストの企みとは何か? フィレンツェ、ヴェネツィア、イスタンブールを舞台に、主人公ラングドンの追跡劇が始まる。
最近、日本でも「人口文学」が立て続けに発表されている。ところがテーマは『インフェルノ』とは正反対である。『ミッション建国』(楡周平)は少子化対策、テレビドラマにもなった『限界集落株式会社』(黒野伸一)は過疎化、『七十歳死亡法案、可決』(垣谷美雨)は超高齢化、『百年法』(山田宗樹)は不老長寿社会をテーマにしている。
人類を滅亡に導くのは人口爆発か、それとも人口消滅か? 大塚柳太郎氏の新著『ヒトはこうして増えてきた――20万年の人口変遷史』は、この疑問に対する解答を導いてくれるだろう。
人類生態学の視点から人口を研究してきた著者は、人口の歴史を四つのフェーズに分ける。第一はヒトがアフリカで誕生した二〇万年前から、緩やかに増加していた時期、第二はヒトがアフリカから西アジアに進出し、地球全体に拡散しはじめた一二万五〇〇〇年前以後、三番目は定住生活が始まり、農耕と家畜飼養を行うようになった一万年以上前からである。そして第四フェーズが、産業革命と人口転換が引き金となって人口の爆発的増加が起きる十八世紀以降である。
無文字社会の人口に関する考察は大いに興味をそそられる。発掘人骨から寿命が推定され、あるいは病歴や死因が明かされる。骨に残されたコラーゲンの安定同位体分析によって日常の食べ物の組成まで推定される。特定遺伝子の発現頻度分析からは人口再生産率の程度まで推定される。農耕の開始が社会の階層化をもたらしたと言われてきたが、そうではなくて、農耕社会でなくても、多くの人々が密集して暮らす集住と、食料獲得場所の排他的な利用が階層化の引き金になるという推論にも目を開かされた。
文明化した世界の人口に関して著者は、マッキーヴディとジョーンズの推計にもとづいて大きな人口増加の波が三回繰り返されてきたという。第一循環は農耕が始まった頃に始まり、西暦五〇〇年頃に終焉した。その後はじまった中世の人口循環は一四〇〇年頃まで続く。そして現代の人口循環は十八世紀以降、人口増加を加速させてきたが、先進国では人口転換が生じて、いまや人口減少時代に直面している。
世界人口の増加率は二〇二〇年以後、低下していくと国連は推計している。二十一世紀は人類史の上で、何度か繰り返されてきた人口減退期を迎えているのだ。二〇万年にわたる壮大な人口の歴史を展望させてくれるこの本は、二十一世紀のヒトの一生や文明のあり方を考える上で、多くの手がかりを与えてくれるだろう。
(きとう・ひろし 静岡県立大学学長)