書評

2016年2月号掲載

尽きることのない好奇心が生み出した異色作

――西村京太郎『神戸電鉄殺人事件』

山前譲

対象書籍名:『神戸電鉄殺人事件』
対象著者:西村京太郎
対象書籍ISBN:978-4-10-128535-1

 異色作である――一九六四年に最初の一冊『四つの終止符』を刊行してから半世紀余り、西村京太郎氏のオリジナル著書は『神戸電鉄殺人事件』でなんと五百七十冊に達した。そのテーマや舞台はじつにヴァラエティに富んでいるが、それでもなお、本書は西村作品のなかで異彩を放っているのだ。
 横浜のホテルから女優の及川ひとみが姿を消した。六日後、神戸の異人館のプールで、彼女は水死体となって発見される。しかもそこには、会社社長の水死体も浮かんでいた。だが、ふたりの関係はまったく分からない。ひとみのマネージャーである高田は戸惑うばかりだった。
 さらに高田は、ひとみが住んでいた六本木のタワーマンションで奇妙な体験をする。マンションの購入資金を援助した投資家、心の先生だったらしい女占い師、私立探偵、歴史学の教授、九州の沖ノ島から来たという中年男性と、五人の男女が次々とひとみの部屋を訪れ、不可解な行動を見せたのだ。思いもよらないものが発見されたりするが、はたして彼らの目的は何? 高田は思い出す。ひとみの祖父が戦時中、東南アジアの独立運動に協力していたというエピソードを......。
 その高田が襲われて、十津川班が捜査に乗り出す。十津川は神戸の事件との関連性を考える。と同時に、ひとみの祖父の過去に興味を持ち、ある仮説を抱く。ひとみのマンションを訪れた五人に死の影が迫り、十津川の仮説が信憑性を帯びてくる......。
 その仮説がこの長編を異色作としているのだ。
 二〇一五年は太平洋戦争が終結してから七十年という節目の年だった。『D機関情報』(一九六六)や『発信人は死者』(一九七七)など、それまでにも戦争絡みの長編を発表していた西村氏だったが、戦後七十年にあたって、あらためて戦争というテーマに意欲を見せた。
 ポツダム宣言の受諾をめぐる『暗号名は「金沢」 十津川警部「幻の歴史」に挑む』以下、『十津川警部 八月十四日夜の殺人』、『「ななつ星」極秘作戦』、『一九四四年の大震災 東海道本線、生死の境』、『無人駅と殺人と戦争』といった長編が、この年に刊行されている。
 戦時中のエピソードが事件の動機に絡む本書が、こうした創作活動の延長線上にあるのは間違いない。だが、特攻隊の内情や終戦秘話など、過去に視点が向けられた作品が多かったなか、ここでは甦った過去が現代に殺人事件を招いている。これまでの西村作品にはなかった異色のテーマが、そこに織り込まれているのだ。そのテーマに導かれて、舞台は神戸電鉄の沿線へと移っていく。
『十津川警部 銚子電鉄六・四キロの追跡』(二〇一〇)、『生死を分ける転車台 天竜浜名湖鉄道の殺意』(二〇一〇)、『十津川警部 鹿島臨海鉄道殺人ルート』(二〇一〇)、『京都嵐電殺人事件』(二〇一一)、『十津川警部 出雲 殺意の一畑電車』(二〇一一)などと、十津川シリーズにおいて、規模の小さな地方の私鉄をタイトルに織り込んだ長編が、集中的に発表された時期があった。
 路線総延長が七十キロ弱の神戸電鉄も、現在、経営規模では中小私鉄の扱いだという。また、全国的にはあまりその名を知られていないかもしれない。だが、大都市の神戸の北側に路線が延びているだけに、ローカル線のイメージはない。大都市近郊路線として通勤通学客の利用が多いのだ。
 もっとも、最初の路線として一九二八年に開通した有馬線の終点は、有馬温泉駅と名付けられているから(開通当時は電鉄有馬駅)、路線開設のそもそもの目的は明らかだろう。日本書紀に天皇が入浴したという記述があり、日本三古湯のひとつとされている有馬温泉は、六甲山の北東に位置し、温泉大国の日本においてとりわけ有名な温泉である。
 宅地化が進んで路線の役目が変わっていったにしても、有馬線が今なお、人気の温泉地へ多くの観光客を運んでいるのは間違いない。新たに起こった殺人事件が、十津川警部をその有馬温泉へと誘う。そしてタイトル通り、十津川の滞在中、神戸電鉄でも殺人事件が起こってしまうのだ。こうした舞台もまた、異色と言えるだろう。
 一年に十作以上の新作長編を刊行するというペースを、いまだに西村氏は保っている。この『神戸電鉄殺人事件』を読めば、その旺盛な創作活動の背景に、尽きない好奇心のあることが分かるに違いない。

 (やままえ・ゆずる 推理小説研究家)

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