書評・エッセイ

2017年2月号掲載

『源氏姉妹』に、おののいて

酒井順子『源氏姉妹(げんじしすたあず)』

井上章一

対象書籍名:『源氏姉妹』
対象著者:酒井順子
対象書籍ISBN:978-4-10-135123-0

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 たまさか読んだ文芸作品に、すっかりのめりこんでしまうことが、ままある。作者のえがく世界にひたりきるだけでは、おわらない。作品の登場人物たちが、読み手の脳裏で、かってな振舞におよびだす。あるいは、きままにしゃべりだすといったことが、ないではない。
 そんなのは、書き手の意図をないがしろにする読み方だと、思われようか。きまじめな国文学研究の世界では、きびしくいましめられそうな気がする。テキストには忠実であれ、と。
 しかし、名作とされる読みものは、しばしば読者の心をおどらせてきた。読む人の多くを、自由な幻想へはばたかせてきた作品こそが、ながらく読みつがれる。古典とされる傑作は、たいていそうして、生きのびてきたのだと思う。
 酒井順子さんはこの本で、『源氏物語』の紫上と藤壺をであわせ、言葉もかわさせている。紫式部の了解も、もとよりありえないことではあるが、もらわずに。
 光源氏は、藤壺にこそ、もっとも魂をうばわれていた。だが、藤壺をおいつづけることは、ゆるされない。そのため、よく似た紫上を見いだし、彼女をそだて、自分の女にする。そして、紫上は猟色の人である源氏が、いちばんなじんだ女となった。すくなくとも、夜をともにした回数では。
 しかし、そんな紫上も、うすうす気づいていた。光の君は、あたしじゃなく藤壺様をもとめていたにちがいない。酒井さんは、紫上に藤壺と語りあう機会をあたえ、こんなやりとりをさせている。
 紫上「藤壺さま、でも私、わかっているのです」
 藤壺「わかっているって......、何をです?」
 紫上「源氏さま――の心にはいつも、誰か違う人がいたのです――それはおそらく、藤壺さま」
 藤壺「おかしなことをおっしゃって。あの方が一番に想っていたのは、まさにあなた」
 紫上「いえ、私はあなたを憎んでいるのではありません――」
 じつは、不肖私も紫上と藤壺のあいだに、似たような会話を妄想したことがある。このくだりを目にして、うれしくなった。私だけのファンタジーではなかったんだな、と。
 ここへいたる前に、源氏と寝たことのある女たちは、それぞれ独白を披露していた。なかには、あけすけなピロー・トークもある。源氏の性的な腕前についても、ときおり彼女たちは口をすべらした。
 そうしたトークをつうじて、酒井さんは酒井さんなりの源氏像をえがきだす。すこしは本気でかわいがられた女や、つまみぐいでおわった女の回想にもとづいて。まあ、おっぱいフェチという人物像は、今の読者にたいするサービスかもしれないが。
 やや下がかった話をへたあとの大団円に、紫上と藤壺のやりとりは紹介されている。源氏が心からもとめていたのは誰かをめぐる二人の葛藤に、クライマックスはあてられた。
 ひょっとしたらと、私は思う。それまでのやや下世話な展開は、ここをひきたたせるための伏線だったのかもしれない。トンネルをぬけたら雪国だったという話の、そのトンネルになっていたのではないか、と。
 この臆測は、私の傷つきやすい雄性がもたらした。男の性的な技もふくむ値打ちをあげつらう女たちに、私はおびえている。そんなところまで、ガールズトークでとやかく言わんといてほしい。かんにんしてくれ。以上のように、とまどっているのである。だからこそ、ほんとうの愛をめぐる最後の応酬でほっとすることができた......。
 酒井さんは、六条御息所の生霊にエールをおくっている。「がんばれ!」「もっとやってしまえ!」、と。弘徽殿女御のことも、応援をしているという。源氏のじゃまをする女たちへ、どうやら心をよせているらしい。源氏のように、女たちのあいだでちょこまかする男へは、鉄槌をということか。
 だとすれば、女たちによる源氏の品定めこそが酒井さんの本願だったことになる。紫上や藤壺へは、便宜的に特等席をあたえただけなのかもしれない。ほんとうに愛されたのはどちらだろう、ですって。もてたという自信のある美人は、いいわね。そんなことが、おくめんもなく語りあえるんだからと、どこかでは思いながら。

 (いのうえ・しょういち 国際日本文化研究センター教授)

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