インタビュー
2017年6月号掲載
新潮選書フェア新刊 著者インタビュー
新たなビジネスモデルの地平を求めて
『世界史を創ったビジネスモデル』
対象書籍名:『世界史を創ったビジネスモデル』
対象著者:野口悠紀雄
対象書籍ISBN:978-4-10-603804-4
――今回の作品は『週刊新潮』で二年にわたり連載された「世界史を創ったビジネスモデル」の書籍化です。ご執筆を始められるにあたって目指されたものは何だったのでしょうか?
この作品では、ビジネスモデルの新しい探索方法を提案しようと試みました。
通常、ビジネスモデルの探索にあたっては、ケースメソッドといって、企業の具体的事業の成功や失敗事例を分析し、そこから新たなビジネスモデルを確立するという方法が用いられます。しかし、対象となるのは最近の事例が中心ですから、どうしても結論が同じようなものになってしまう。そこで、これをもっと拡張できないかと考えたのです。つまり、「時間の拡大」と「対象の拡大」です。
時間というのは言うまでもなく歴史であり、古い事例にまでさかのぼってみるということです。また対象について言えば、企業に限定せず、国の活動にまで視点を広げることです。こうした立場から歴史上の国家を"企業"、その活動を"ビジネス"として見ようというのが、本書が提唱するアプローチです。
――国を企業として捉えるというのは斬新な試みですね。
考えてみれば、国も、企業と同じく組織です。リーダーがいて、それに従う人々がいる。費用を徴収し、どのような事業を行うか、収益をいかなる形で実現させるか――ですから、そのまま企業に置き換えることができるのです。実際、ある時代まで、国と企業の区分ははっきりしていませんでした。
――作品には国のリーダーだけではなく企業経営者も登場します。ビジネスモデルというと、松下幸之助や本田宗一郎、カーネギーといった名前が浮かんで来ますが、彼らはほとんど登場しません。理由があるのでしょうか?
たしかに、ビジネスモデルというと、彼らが起こした事業に言及されることが多いですね。しかし、彼らの行ったことが現在でも求められているものかというと、そんなことはありません。今、必要とされるのは、むしろ、そこからの脱却です。
なぜなら彼らのビジネスモデルは産業革命以降の時代において、製造業が大規模化してゆく中で求められたものです。情報化が進展しつつある現代において求められるものとは、異質なものなのです。
――一方で冒頭から大部分を割いて「ローマ帝国」について考察されています。
何より、ローマ時代の歴史は面白いということがあります。ただ、それだけではありません。ローマ帝国は東ローマ帝国まで含めれば実に一五〇〇年近く続いた国家ですし、その最大版図はブリテン島から中近東にまで及んでいます。このような国家は歴史の中でも例がなく、人類史上最も成功したビジネスモデルと言えるでしょう。
また本書ではローマに続いて大航海時代の海洋国家についても論じていますが、これらの国家においては、市場経済、多様性、分権性が重要な役割を果たしています。製造業の拡大を目指した社会では重視されなかったビジネスモデルです。しかし、今日の情報化社会では、こうした過去の国家のビジネスモデルを考え直すことが重要になっているのです。
――そこで作品中盤のキーワードが「海洋国家」になってきます。日本は「海洋国家」ではないと明確に指摘されますが、日本こそ、その代表のようにも思えます。
日本は四方を海に囲まれているために「海洋国家」と思われがちです。しかし、そうではありません。日本は「海洋国家」ではなく、「島国」なのです。「海洋国家」と「島国」は両極端のビジネスモデルとして理解しなければなりません。
海に向かって新しい可能性を求めて拡大してゆくのが「海洋国家」であるのに対して、「島国」は海に守られて島に閉じこもり、外との交流を断つモデルです。日本は歴史の一時期を除けば基本的に「島国」だったのです。「海洋国家」のモデルとして、大航海時代のポルトガルやオランダ、イギリスが挙げられますが、同じく海に面した国でありながら、日本とは何が違うのかを、本書は明らかにしようとしています。
――この作品では、歴史上の国家だけでなく、グーグルやアップル、GoProやビジオといった、新たな世界企業についても考察されています。インターネットが普及しはじめて約20年。私たちの生活、考え方も変わったように思います。ビジネスモデルも大きく変わったのですね。
インターネットの登場は従来のビジネスモデルを一変させました。理由は二つあります。第一は従来のモノやサービスとは異なる性質を持つ「情報」が経済活動の中で非常に重要な意味を持つようになったことです。第二は「情報」を事業のなかにいかに取り込み、収益化するかが、重要な課題になったことです。「情報」という特殊な性質を持つものを売るというのは、非常に厄介なことですが、そのヒントが歴史の中に埋もれているのです。
(のぐち・ゆきお 一橋大学名誉教授)